約 378,990 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1085.html
第四章 これが、ハルヒの夢。 俺の目の前には、360°不毛の大地が広がっている。 上には、全てを焼き尽くすような太陽。あいつの夢にしては、何と殺風景なのだろうか。 そういえば、長門は、「夢の中は、涼宮ハルヒの思念を反映し易い状況である。」とか言ってたな。 つまり、ここではハルヒの願い事は、ほぼ全て叶うという事だ。 この灼熱の空間もあいつが生み出したのか?閉鎖空間よりタチが悪い。 神人は出ないだろうが、長門とは違う、ハルヒの想像通りの宇宙人が出てもおかしくはないな。 ウダウダ考えても仕方ないので、俺は歩き出す。とりあえず、ハルヒを探さねば……… だが、何処へ行けば良いのか分からない。目的のハルヒの位置も分からなければ、入口も出口も無い。 周りは全て同じような光景。 あてもなく、しばらく歩く。 「暑い、暑すぎる。」 独り言が勝手に出てくる俺は末期なのだろう。ほら、蜃気楼で周りが歪んで見える。 おや、そろそろ、お迎えが来たようだ。上から天使が降ってくる。 テ●ドンもびっくりのもの凄いスピードで。 ………降ってくる? 「どいてどいてー!!」 そんな事言われても、避けれる訳が無い。 「ぎゃっ!!」 痛ってーなこの野郎。 「ひっ!?キョン?」 やっと会えた。 「よぉ、ハルヒ。」 「ち、近づくなー!!」 ハルヒはふらふらと逃げ出す。 「待てよ!!」 俺は力を振り絞って、ハルヒにタックルをする。 「う゛うぅぅぅ。」 ハルヒは地面に顔をぶつけたようで、かなり痛がってた。 「悪い。大丈夫か?」 「大丈夫な訳無いでしょ!!バカキョン!!」 逃げ出すお前が悪い。 「だって、それは…」 それは何だ? 「あたしがあんたを殺そうとしたから。」 バツが悪そうに、ハルヒはポツリと漏らす。 「ごめん。」 「全く持ってお前らしくない言葉だな。」 「本当にごめん。」 「ごめんは禁止だ。」 「何であたしがあんたに従わないといけないのよ。」 申し訳ないと思うなら黙ってて欲しい。 「分かったわよ!!ところで、ここ何処?あたしがどうしてこんな場所にいるの?」 「夢だよ。夢。」 まさか、長門が俺とハルヒの脳内をリンクした事を俺が説明出来る訳ない。 「ふーん。だったら現実世界は大変なのね。夢が覚めたら、殺人未遂で豚箱入りか………全て失っちゃった。」 「大丈夫だ。多分、俺もお前も無事だ。」 「でも、明日からあんたに会うの辛いわ。」 「俺は何にも思っちゃいないよ。」 「嘘よ。嘘でしょ!!」 激しい口調でハルヒは続けて言う。 「また、あたしに殺されかけたらどうするの? もう、嫌だよ………こんな辛いの。」 ハルヒの瞳は潤んでいた。泣いているのだろうか。 「な、泣いてない!!」 指摘した途端、上着の袖で顔を拭う。やっぱり、泣いているな? 「煩い!!」 分かった。分かったから落ち着け。 「じゃあ、腕貸せ。」 ハルヒは俺の腕を勝手に使い、枕にしやがった。 「少し、休む。」 下が凸凹な地面なだけに、少し痛い。 「少し、落ち着いてきたかな。」 それは、よう御座いました。 「少し冷静になって考えたの。」 「何を?」 「何にせよ、これ以上キョンに迷惑を掛けたくないの。」 今まで、数々の悪行を重ねた奴が何を言う。 「だからさ………」 「あぁ。」 「あたし、死ぬわ。」 「は!?」 その時の俺は相当マヌケ面だったらしい。 ハルヒは急に吹き出した。 あくまで、表面上。目は笑っていない。なんか腹が立った。 おい、ハルヒ。 「ん?何、キョ…」 ハルヒが言葉を詰まらせたのは、俺がこいつの胸倉を掴んだからだ。 「何言っているのか分かっているのか?」 「……当たり前よ。」 「それで誰が喜ぶ?」 「………」 「お前が死んじまったら、何にもなんねぇだろ!!」 「で、でも……」 「俺達には、お前が必要なんだ。」 そうだろう?朝比奈さんや長門、阪中や谷口と国木田のアホコンビとか、鶴屋さんに森さんや新川さん。 その中に古泉も入れてやっても良い。 みんながお前を必要としてるんだ。 そして……… 「今現在、俺はお前が心から愛おしい。」 俺はハルヒを抱いた。力強く、精一杯抱いた。 ハルヒの顔は、見えない。いや、見れなかった。恥ずかし過ぎる。こんなこと。 「やっと、あたしの気持ちに気付いてくれたのね。」 「……カマかけやがったな?」 「バレたか。でも、こうしてあんたを急かさないと、いつまで経っても中途半端なままよ。どうせ夢だし。」 恥ずかしい。 「嬉しい。本当に。」 ハルヒの手が俺の首にかかる。 「ねぇ気付いてた?あたし、あんたに沢山アプローチかけてたの。」 「知らないな。」 「………バカ。」 ハルヒは少し膨れた。その顔も可愛いぞ。 「変な褒め言葉ね。」 変で悪いな。 「あたしね…」 何だ? 「キョンが好き、でも、あんたはいつも振り向いてくれなかった。」 そんなつもりは無かったのだが。 「恋心が憎悪に変わっちゃったのよ。だから、あんなことした。多分。 苦しかったわ。毎日が地獄だった。やっぱり、恋の病は重い精神病ね。」 これがハルヒなりの解釈なのだろう。 こいつは、呪いのナイフの事なんか覚えていないのだ。 それはあくまで、表面上だけだが。 「夢なら覚めないで欲しいな。」 「大丈夫、俺が覚えてるさ。」 「本当?」 「本当だ。お前が願うなら、何でも出来る。」 「信じるからね。」 …………!? 「ハルヒ。」 「ん、何?」 「疲れたろ。」 「まあね、精神的にボロボロって感じよ。」 「お前はよく頑張ったよ。 幾日も悪魔の囁きに耐え、自分の感情をよく抑えられたもんだ。」 「でも、結局負けちゃった。」 「十分さ。だがこれで、お前の重荷も晴れた。だから、今は少し休め。」 「あんたは?」 「俺か?俺はまだ役目があるみたいだ。」 「……大変なのね。」 これが大変で済むのなら、まだ楽な方だ。 「少しだけ、行ってくる。」 「待って!!」 何だ?急にハルヒが呼び止める。 「もし、あんたがこの夢を覚えてたら、あたしに言って欲しい言葉があるの。」 プロポーズの言葉か? あまり、恥ずかしいのは言いたくないぞ。 「似たような物よ。」 そう言いながら、ハルヒは俺に、 ある『愛言葉』を耳打ちをして、送り出した。 「行ってらっしゃい!!」 「ああ、またな。」 「あんたが無事で帰って来るって、ずっと信じるから。」 しばらく歩く。 さて、この位離れれば良いか。 なあ、朝倉さん。 「よく気付いたわね。わたしがいる事に。」 「よく考えれば、出来過ぎた話だよ。」 ハルヒの創造力が、ここまで忠実に具現化する事は、今までに無かった。 ましてや、人々を殺人に巻き込んだなんておかしすぎる。 考えられるのは一つ。 俺の存在を危険視した者がハルヒを洗脳し、殺害を企てた。 それが、お前ら情報統合思念体の急進派だった。 朝倉は表情ひとつ変えずに微笑んでいる。 「そこまで、思索出来のは上出来ね。 だけど、あなたはまだ、この話の真実を知らないみたい。」 真実? 「そう、真実。」 知りたい。ちょっと怖いけど。 「それが、あなたにとって、破滅的な答えだとしても?」 そんなに俺に都合の悪い答えなのか? 「………あら?あと40分位でこの夢が消えちゃうわよ。」 何だと!?長門は? 「ここ」 「僕もいますよ。」 「長門!!どういう事だ?」 「僕はスルーですか。」 「朝倉涼子から、あなたを助ける為、古泉一樹と来た。 だから、涼宮ハルヒを抑える役が居なくなっただけ。」 「キョン君。どういう事か解ったわね。」 「知らん。」 「とりあえず、あなただけは逃げて下さい。」 「掴まって。」 古泉、お前は? 「一人で戦います。」 大丈夫なのか? 「勿論、長門さんがあなたを送ってここに帰って来るまでです。 安心して下さい。それ位は持ちこたえますよ。 ここは涼宮さんの夢。閉鎖空間に似て非なる物です。」 「させない。」 一瞬で周りが宇宙空間の様に変わった。 「わたしの情報制御下に入ったわ。つまり、わたしを倒さないと、逃げれないよ。」 「…まずいですね。僕の力が出せません。」 「わたしがやる。あなたは彼を守って。」 「分かりました。」 俺は? 「黙ってて。」 冷徹な表情でそう言い捨て、長門は宙に浮いた。 朝倉も一緒に浮く。 「さぁ、始めましょう。」 朝倉が言い終わる前に、長門の手から、紫色の放射物が無数に出てきた。 朝倉も掌から青いビームのようなものが沢山出た。 2つは打ち消し合う。 同時に両者が接近し、肉弾戦を繰り広げる。 長門の手刀が朝倉の脇腹に入り、朝倉の裏拳が長門の顔面にヒットする。 怯んだ長門に、朝倉は容赦なく追い討ちをかけ、最後に腹部に決まった蹴りで、吹っ飛ぶ。 「長門!!」 「…………大丈夫。」 長門は何か唱え、朝倉の横の空間が歪む。 歪みの中から、コンクリートの塊みたいな物が、朝倉を殴打する。 「チッ」 また長門は何かを唱えた。 すると、空間が歪む。 気付くとそこは、見慣れた場所だった。 「ここは?」 駅前。 ただし、空は灰色だった。 「閉鎖空間に極力似せた空間を造った。これであなたの力も出せる。」 「感謝しますよ。長門さん。」 古泉は赤い玉を掌に浮かべた。 「いけますよ。いつもの倍の力が出せそうです。」 古泉は赤い玉に変わり、朝倉に近づいた。 「………危ない。」 古泉の周りが爆発した。 「ふぅ…間一髪でしたよ。」 古泉はバリアに包まれていた。多分、長門のおかげだろう。 「流石に2対1は辛いわね。少々本気を出そうかな。 緊急コード230………アクセス……涼宮ハルヒ………ダウンロード開始」 「今のうちに!!」 長門と古泉は突撃を仕掛ける。 大きな赤い玉と紫色の光線が朝倉を襲う。 朝倉は赤い玉を避け、紫色の光線を足蹴でかき消した。 赤い玉は急旋回し、再び朝倉を襲う。 「ダウンロード完了。」 瞬時に古泉が吹き飛ばされる。 「グッ!!」 何があった? 「………解りません。」 「わたしは涼宮さんのデータを盗ったのよ。」 じゃあ、お前は世界を改変することも出来たりするのか? 「そこまでは収集出来なかった。メモリ不足ってやつよ。だけど、あなた達に勝つ能力を身に付けたわ。」 何を言っている。お前は、ハルヒより強いだろ?あいつから学ぶ必要性はあるのか? 「勝負を決める要素は、スピード・感・経験の三つ。 だけど、わたしはこの三つが……特に、感と経験が不足してるの。 わたし達インターフェースは、元々戦闘目的で作られた訳ではなく、あくまで監視目的。 スピードはあるけども、戦闘の経験なんて、プログラミングされていないの。 だから、わたしは涼宮さんから感と経験、つまり瞬発的な情報判断能力を貰ったの。」 「明らかに朝倉涼子は強くなった。わたしだけでは彼女には勝てない。」 マジか!? 「長門さん。僕の能力を使って下さい。 神人狩りで涼宮さんの行動パターンは、大体掴めます。」 その手があったか。 「分かった。」 「へぇ、それは厄介ね。一応、抵抗しようかな?」 「40.17秒程かかる。それまで持ちこたえて。緊急コード801startrun………」 長門は、素早く呪文を唱える。 「分かりました。」 「10秒かからないで倒せるわね。」 「ハッタリは、よしていただきたいものですね。」 「ハッタリかどうか、直ぐに分かるわ。」 そう言った瞬間、朝倉は消えた。 「どこへッ!?」 「後ろよ。」 !!! 「次はあなたの番」 「はやく……に……げて……下……さい」 「計画の為、ここで死んでもらうわ。」 朝倉は地面に手をつける。 すると、コンクリートの地面は豆腐のように削り取られる。 朝倉が削り取った塊は、だんだんと形を変える。 「見覚えあるでしょ?」 アーミーナイフをちらつかせ、朝倉はニヤリと笑う。 忘れる訳がない。それで俺は幾度と殺されかけたからな。 「それは、良かったわ。でも、サヨナラね。」 朝倉は、ナイフを投げた。 「ひぃっ!!」 なんとマヌケな声だろうか。谷口に聞かれたら、バカにされる。 そういや谷口、今どうしてるかな? 実際、そんな事考える余裕なんぞなかった。 尻餅をつき、なんとかナイフをかわす。 しかし朝倉は、俺の頭上で、拳を振り落とそうとしている。 「死になs……!?」 朝倉が吹っ飛んだ。 「ハア……ハア…………まだだッ!!」 古泉!? 「まだ生きてたの?先に殺しましょうか。」 朝倉の手が、槍の様になる。 「やめろ!!!」 俺は、朝倉に殴りかかるが、 「邪魔よ。」 朝倉の蹴りで、俺は近くの木に叩きつけられる。 背中と胸が凄く痛い。なんて様だ。カッコ悪いな……俺。 「その腕、邪魔ね。」 朝倉の槍になった手が伸びる。 「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」 「あはっ♪」 俺の位置からはよく見えないが、多分朝倉は、古泉の肩に槍を突き刺した。 古泉の耳をつんざく悲痛な叫び声。 思わず、目を背ける。 呼吸が荒くなる。 脈拍も早い。 苦しい。 恐い。 「次は長門さんね。」 「遅くなった。ごめんなさい。」 「さぁ、早くわたしを倒さないと、彼が死ぬわよ?」 「知ってる。」 2人は、激突した。俺も目で追うのに精一杯だ。 「お久しぶりです。」 「え?」 えらく上品なお嬢様がそこにいた。 第五章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4050.html
「こんにちはー。あれ?今日はまだ長門さんだけですか?」 「そう。古泉一樹は休み。」 休みってまさかアルバイトかな…? …あれ?長門さん今日はハードカバー読んでない。 「長門さんが文庫本を読んでるなんてちょっと珍しいですね。いつもはすっごく厚いハードカバーだから私には無理そうかな、って思ってたんですけど。どんな本読んでるんですか?」 「・・・読む?」 「え?いいんですか?ならお借りしようかな。恋愛物とかですか?」 「戦闘物。」 戦闘…? これまた長門さんのイメージとは違って驚いた。そういうのも好きなんだ? 「この表紙の女の子が戦うんですか?どことなく涼宮さんと似てるような…。」 「……。」 その後部室に涼宮さんとキョン君が到着し、いつも通りの時間を過ごした。 古泉君が休んでいる事、長門さんが文庫本を読んでいる事以外は、いつも通りの。 今夜私がこの本を読み終えた瞬間、世界は小規模な改変をされる事になる。 ―― 翌日 コンコン 「はーい。大丈夫ですよ。」 「こんちには。ハルヒは少し遅れます。ところで、今日も古泉が休んでるみたいなんですが何か知りませんか? ハルヒの機嫌も悪くはないし、電話しても繋がらないので。ただの風邪とかならいいんですが。」 「徒を追っているのかもしれませんね…。」 「…ともがら?神人の別種かなんかですか?」 「紅是の徒を倒すのがフレイムヘイズの使命なので。」 「ふれいむ、へいず…?なんですかそれ、未来人の敵とかですか?」 「世界のバランスを崩す紅世の徒を狩る者が私達フレイムヘイズ…私は『雁ヶ音の煎れ手』朝比奈みくる。」 「・・・・・・・・。長門、どうなってる。」 「・・・わからない。」 またハルヒの奴がおかしな事始めたか・・・。なんだって…フレイムヘイズ? 長門は知らない、歩くムダ知識古泉は休み、となれば・・・困ったときのgoogle先生。 「40000件…?」 wikipediaへのリンクを開く。 【フレイムヘイズは、高橋弥七郎のライトノベル作品『灼眼のシャナ』及びそれを原作とする同名の漫画・アニメ・コンピュータゲームに登場する架空の異能者の総称である】 「つまり朝比奈さん・・・灼眼のシャナって小説を読んだわけですか?それで影響されたと。」 「炎髪灼眼の討ち手をご存知なんですか?彼女は今どこに?」 ダメだ…すっかりハマっている・・・。 朝比奈さんがまさか高2ではなく厨2だったとは・・・。 遅れてハルヒも到着したが何やら不機嫌な様子。岡部と揉めたか。ご愁傷様、古泉。 ハルヒが到着するまでヒマだった俺はwikipedia、灼眼のシャナの項目を読み漁ったため大筋は把握した。 ハルヒに知られたら厄介な事になりそうだな…この内容は。 ―― 夜 プルルルルルルル 「はい、もしもし。」 「こんばんは。不躾ですが、ここ数日あなたの周りで何か変わった事はありませんでしたか?」 「朝比奈さんが壊れた。いや正確には朝比奈さんに対する俺の夢が壊れた。」 「…よく分かりませんが。無事ならそれでいいんです。ですが、気をつけてください。近々あなたを狙う輩が現れるかもしれません。」 「…勘弁してくれ。機関の方々で何とかできないのか?」 「えぇ、フレイムヘイズは基本的に単独行動なので横の繋がりが薄いんですよ。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「…今何つった?」 「え?…あ、いや「薄い」というのは別に頭髪の状態を言っているわけではなくですね・・・」 「そこじゃねーよ!!フレイムヘイズって言ったか今!?お前も…フレイムヘイズとかぬかすのか・・・?」 「言いましたよ。いかにも私はフレイムヘイズ、『赤光の狩り手』古泉一樹です。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「分かったもういい・・・全面的にお前らに任せる。」 「お任せを。いざという時携帯電話が命綱になりますので、充電状態には気を配ってください。」 「あぁ心配するな。俺の携帯の充電は午前零時に全回復するか・・・」 俺もかーーーーーっ!!!! ―― 翌日朝 あの2人(俺も?)が同時に影響を受けてるなんて厨2病の一言で済ませられる問題じゃないよな・・・。毎回毎回長門に頼らざる得ない俺が情けない。 でもしょうがないじゃない、一般人だもの。――キョン いや、待てよ。・・・長門に限ってまさかとは思うが、あいつもすでに毒されてるって可能性もあるんじゃないのか? あれこれ考えている内に部室に到着してしまった。 ガラッ 「おはよう、早いな長門。」 「おはよう。」 「朝比奈さんと古泉の様子がおかしいんだが、何か心当たりないか?」 「わからない。」 「そうか。ところで、「灼眼のシャナ」って小説読んだ事あるか?」 「…無い。」 …アイがスイミングしたぞ長門。 「そうか。いや俺も最近知ったんだけどな。ライトノベルって言ったか、ああいう小説にはやっぱりこう無口なキャラが必要不可欠だよなぁ長門。」 「…その意見は正しい。」 「さっき言った「灼眼のシャナ」ってのにもそういうキャラがいてな。俺はそいつが一番好みのタイプなんだ。」 (コクコクッ) 「名前なんて言ったっけなぁー、ヴィ…、ヴィ…」 「ヴィルヘルミナであります。」 「そうそうヴィルヘルミナ。――長門集合。」 「……違う。今のはケロロ軍曹…。」 ―― 「――つまり、まずお前がハマり、古泉に貸したらあいつもハマって学校休んでまで読み漁り、次に朝比奈さんに貸したら案の定、って事だな?」 「…そう。」 「て事はハルヒにはまだなんだな?」 「まだ。しかし、朝比奈みくると古泉一樹、そして私の様子を見る限り、単に小説に影響されただけとは思えない。私が最初に小説を手にした時点ですでに涼宮ハルヒの影響を受けていた可能性も否定は出来ない。」 「…なるほどな。とりあえずハルヒに読んだ事あるか聞いてみる事にするよ。 …で、お前も『なんとかのなに手』とか異名ついてんのか?」 「『万象の繰り手』長門有希。」 …ちょっとかっこいいと思っている自分が、そこにいた。 ―― 昼 「あー、ハルヒよ。ちょっと聞きたい事があるんだが。」 「何よ。団活欠席なら却下よ。」 「違う違う。「灼眼のシャナ」って本読んだ事あるか?」 「なにそれ?知らないわ。」 「フレイムヘイズって単語に心当たりは?」 「はぁ?何なの一体?初耳よそんな言葉。」 「そうか。…で、お前は今何食べてるんだ?」 「メロンパン。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 待て待て待て。あきらめるのはまだ早い。 単にこいつがメロンパンのおいしさに目覚めただけかも知れないじゃないか。美味いしね。美味いしねメロンパンは。 「時にハルヒよ、もうポニーテールにはしないのか?」 「えっ?…な、何でよ?」 「単純に見たいからだ、お前のポニーテールを。」 「あ・・・う・・・、み、見たいって、どうしてよ?」 「どうしてって、俺がポニーテール好きでお前はポニーテールが似合うからだ。」 「なっ・・・う…うるさいうるさいうるさいっ!!」 ・・・・・・・・確定。 つづく
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4798.html
はじめに ・文字サイズ小でうまく表示されると思います ・設定は消失の後くらい ・佐々木さんとか詳しく知らないので名前も出てきません ・異常に長文なので暇な人だけ読んで欲しいです ・投下時は涼宮ハルヒの告白というタイトルで投下しましたが、すでに使われていたので変えています ・誰時ってのは黄昏の旧漢字……らしいです 多分 では、のんびりとどうぞ 学校行事に書き込まれていたテスト週間も無駄な努力と時間の経過によって無事終了し、晴れ晴れとした寂しさだけが残った週末。 テスト期間にあった祝日をむりやり土日に繋げてできた取って作った様な連休に、テストの結果に期待しようも無い俺は心の安息を求めていた。 この不自然な形の休日に教師といえども人間であり、生徒同様たまにはまともな休みが欲しかったなんていう裏事情には気づかない振りをするのが 日本人らしくて好ましいね。 しかし、テストが帰ってきて偏差値などという価値基準が俺に付与されれば、日本経済の実質成長率の如く一向に上がる気配を見せない俺の成績に 母親は表情を暗くするのは想像に難しくない。 でもまぁ、今は人事を尽くした者として大人しく天命を待てばいい。 休むべく作られた休日ってのを謳歌してな。 放課後の帰り道、ハルヒによって明日の休日初日から呼び出されているという事を踏まえても俺はずいぶんのんびりとしていた。 それは長門の一件が解決したばかりだったという事もあるが、最近のハルヒはあまり無茶をしなくなっていたってのもある。 ……そんな俺の考えは煮詰めた練乳並みに甘かった事を、俺は数日後に思い知る事になり今に至るというかなんと言うべきかね。 ともかくだ、天命って奴は人事を尽くしたくらいじゃ変えられないらしいぞ。 涼宮ハルヒの誰時 「急に呼び出したりしてすみません」 そう言って軽く頭を下げた古泉の顔には、驚いた事にいつもの営業スマイルがなかった。 そもそも目的地があるのか無いのか、もしくは現在考え中なのかすらも定かではない黒塗りタクシーは俺と古泉を後部座席に乗せて軽快に夜の街を走っていく。 この車に乗るのも古泉に呼び出されるのも久しぶりの事だ。 最近はハルヒも落ち着いてきたと思ってたんだが、また何かあったのか? 一応はそこそこに一般常識があるはずの古泉の事だ、俺を深夜に呼び出す理由なんてハルヒ絡み以外には想像つかない。 「当たらずも遠からずって所ですね……これからお話する事は確定した事実ではなく、あくまで仮定に過ぎないという前提で聞いてください」 随分もったいぶるじゃないか。わかった、仮定の話だと思って聞くよ。それで? 「僕が以前お話しした、涼宮さんに望まれたがゆえに僕達の様な超能力者が生まれたという話は覚えていますか?」 ああ。残念ながらなんとなくは覚えている。 あの夢物語の事だよな、この間妹が見せにきた絵日記に似たような内容があって焦ったぞ。 「あれから我々も世界の破滅を防ぐ為にと色んな勢力と情報交換を繰り返してきました、その結果一つの結論に辿り付いたんです」 結論ねぇ。聞こうじゃないか。 俺のリアクションに期待でもしていたのだろうか?古泉は次の言葉をやけに芝居がかった感じで言い切った。 「あなたです」 は? 「あなたが全ての始まりであり終わり。それが機関の暫定的な結論です」 ……古泉。 「はい」 そんな冗談を言う為に俺をわざわざこんな深夜に呼んだのか? 俺はこれから、明日の休日にハルヒが無茶をするのに備えてぐっすりと寝ってやる所だったんだぞ。 「冗談です、と言いたい所ですが機関は本当にそう考えているんです。僕としてはまだ半信半疑といった所ですが、信頼すべき部分もあると」 やれやれ、俺はただの一般人だって保障したのは確かお前じゃなかったか? 「あの時点では確かにそうでした、しかしその後の貴方の行動によって過去に新たな確定事項が出来た事により、事情は変わってしまったんです」 何を馬鹿な……まて、過去が何だって? 「はい。貴方は朝比奈みくると過去へ行き、過去の涼宮さんと出会った……そうですね」 あれ、お前にその事を言ったか?……まあいい、確かにそうだ。 「その出会いそのものは問題ではありません。問題なのは、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんです」 古泉、日本語で頼む。 「僕も詳しい事はわかりませんが、推論で言えば貴方が過去へ行った事で涼宮さんは誕生した。つまり、涼宮さんは貴方が創り出したという事になりますね」 営業スマイルを何処かに置き忘れたらしい古泉は、真面目な顔でそう言い切る。 ……お前、正気か? 「僕はいつでも、そこそこに正気のつもりです」 だったらよけいに性質が悪い。 長門でもハルヒでもない俺が、人間なんて作れると思ってるのかよ。 「確かに最後の部分は僕の推測です。ですが、機関が接触している長門さんとは別の統合思念体の組織によって、涼宮さんがあの日校門の前で 貴方に出会うより前の時間に存在していない事は確認されているんです。さらに言えば、我々機関の人間がこの超常の力を手に入れたのも 貴方が涼宮さんと過去で出会った日と同じ日。今となっては確認する方法はありませんが、貴方が涼宮さんに北高であったあの日まで、 涼宮さんはどこにも存在していなかったのかもしれませんね」 これ、笑う所か?そう思いたいのだが、残念ながら古泉の顔は至極真面目ときてやがった。 わかったわかった、お前のその意味不明な話が全部正しいとするさ。それで、何故そんな話を俺にする?論理ゲームなら長門とやってろよ。 お前は以前、ハルヒには何事も無い人生を送って欲しかったと言ったじゃないか。 最近はあいつも大人しくなってきたのに、俺におかしなロジックを吹き込んでまでわざわざ不確定事項を探してどうするんだよ。 「……確かにそうですね、僕が話している事は自分でもとても危険な事だと思います。ですが、その先に待つもっと大きな危険を回避する為に 貴方にはどうしても話しておかなければならない。このまま、僕の話を最後まで聞いてもらえればその事についてもご理解頂けると思います」 その先に待つ危険ねぇ……。 俺は明日、ハルヒが何を言い出すか考えるだけで手いっぱいなんだがな。 「統合思念体によれば、数年後のこの世界に朝比奈みくるは居ません」 ……それは……寂しいが仕方ないんじゃないのか?忘れがちだけどあの人は未来人なんだ。 っていうかそれは秘密にしておいて欲しかった。 でもまあ数年後って事は、高校に居る間は一緒に居られるって事か……そういえば朝比奈さんは俺達よりも先に卒業する事になるが、進学するんだろうか? 俺のお気楽な考えをよそに、古泉は深刻そうな口調で続ける。 「それだけではありません、長門さんも僕も、涼宮さんも居ないんです」 は? って、今日2回目か。 「SOS団のメンバーで最初に涼宮さんと出会ったのは貴方。SOS団が発足するきっかけになったのも貴方。数年後のこの世界に残っているのも貴方だけ。 ここまでくれば疑う余地もなく全ての原因は貴方である。以上が機関の結論です」 ちょっと待て、今話してる事は本当なのか? 「…………」 古泉。 俺の問いかけに、何故か古泉は苦しそうな顔で視線を外した。 「僕からこれ以上お話しても貴方は理解も納得できないと思います。ここから先は長門さんに聞いてみてください」 長門? なんでここで長門の名前が出るんだ? 「我々の掴んだ情報通りならば、長門さんにも未来の自分と同期する事ができるはずです。それを使えば、何年先まで自分が存在しているかがわかるはず」 ……そこまで知ってるのか。 久しぶりに嫌な予感がする。何かが起こりそうだが、結局俺には何もできないで終わる事になりだというなんとも疲れる予感だ。 「混乱させてしまってすみません、僕も正直心の整理ができそうにありません。ですが、このまま何もしないで破滅の時を迎えるよりは、 とにかく行動したほうがいいと思ったんです」 まるで朝倉みたいな事を言うんだな。 「え?」 いや、こっちの話だ。気にするな。 会話が途切れるのと同時、まるで事前に何度もリハーサルをしたかのようなタイミングでタクシーは長門のマンションの前に止まった。 深夜のマンションの廊下は当然ながらまるで人の気配がしない。 もしも巡回中の警備員に出くわして、何をしているのかと聞かれたらなんて答えればいいんだろうね? 超能力者の予言による世界崩壊の危機を回避するための助言を宇宙人に聞きに来たんです。とでも言えばいいのか? まったく、間違いなく救急車を手配してもらえるだろうよ。 以前長門から聞いた暗証番号を使ってマンションに入ることができた俺は、そのまままっすぐ長門の部屋へと向かった。 冷たいインターホンを押すと、呼び出し音の後には無音の静寂が続く。 その無音の中に長門の気配を感じて、俺はマイクに向かって話しかけてみた。 俺だ、夜遅くにすまないがちょっと話をさせて欲しい。 もしかして寝てるか?普通なら誰だって寝てる時間だしな。 数秒後、インターホンには何の返事も無いままで部屋のロックは小さな音を立てて外れた。 扉の向こうに居た長門は深夜だというのに何故か制服をきたままだった。……なんでだ? まあいい、深夜だし古泉ならともかく長門に迷惑をかけるのは気が引ける。 部屋にあがらせてもらった俺はさっそく、さっき古泉から聞いたとんでも話をそのまま長門に伝えた。 と、いう事なんだが……。古泉が疲れてるだけだよな? 個人的には「妄想、精神的疲労による軽度の錯乱状態」って返答を期待したいんだがどうだろうか? しばらくの沈黙の後、 「……古泉一樹の所属する機関は、確かに私以外の統合思念体の端末ともコンタクトしている。統合思念体の中には未来の情報を伝える事で、 自立進化に関わる不利益を回避しようとする派閥が存在する」 そんな事ができるっていうか、許されるのか? お前の上司ってのがそこまで無茶苦茶な連中だとは思ってなかったぞ。 「許されない。未来への干渉は、結果的に得られるはずだった自立進化の可能性を消失してしまう可能性がある」 何にしろ自分中心って事か 「そう。本当に統合思念体が未来の情報を漏らしたとしたら、それは自にとっての危機的状況を回避する為に他ならない」 ……統合思念体の危機?そうか、以前長門は。 「以前私がそうしたように、統合思念体の存在が何者かに消去されその状態が回復される事がない未来を見つけたのかもしれない」 ……それってつまり、自分が消されそうになるならその歴史を改竄する事もありえるって事なんだろうか? それならあの時の長門も何かされてもおかしくなかったって事じゃ。 あ、それとも結果的に自分が元通りになるってわかってたから何もしなかった……駄目だわからん。今はとにかく現状の事だけ考えよう。 長門、古泉が言った未来との同期ってのをしてみてくれないか? 「……」 肯定も否定でもない、無機質な視線が俺を見つめている。 あいつは数年後の未来にお前も朝比奈さんも、古泉もハルヒも居ないって言った。つまり十年以上先の未来のお前と同期できたら、あいつの言ってた事は 全部思い過ごしって事だろ? 「……申請してみる」 すっと長門の視線が天井の特に何もないはずの部分に固定され、俺はしゃみせんが時々そうしているのを思い出していた。 あれって何を見てるんだ?もしかして、猫はみんな情報思念体とアクセスできる……なわけねーか。いや、どうだろう。 数十秒程の沈黙の後。 「だめ」 その返事は俺を安心させる物ではなかったが、とりあえず不安にさせるものでもなかった。 しかし、問題はこの後に続く言葉だった。 「一年後の未来に同期すべき私は存在しない。更新できたのは、3日後の自分まで」 古泉のとんでも話より、もっととんでもない話が俺を待っていたらしい。 「私の存在は3日後の21時57分に消失する。その時刻には、朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの3人もこの世界に存在していない」 3日後って……数年先じゃなくて今週のか? 「そう。貴方だけが残る」 ……まてよ、そんな事になったら未来の朝比奈さんはどうなるんだ?3日後に今の朝比奈さんが消えてしまったら……あ、そうか。 3日以内に未来に帰ってしまうだけって事だよな。 朝比奈さんが生まれるのがもっと先の未来なら、数年後の世界に朝比奈さんが居なくても不思議じゃない。 「違う。朝比奈みくるの存在その物が消える」 存在その物が消えるって…… 「この時間軸に存在する朝比奈みくるも、異時間同位体の朝比奈みくるも確定した未来の存在ではない。このまま時間が続けば、存在する事になったはずの 暫定的な存在」 待ってくれ、俺にはさっぱり理解できん。 ……そうだ長門! お前は自分が消える直前までに起きる事をみんな知ってるんだな? 俺の言葉に長門は頷く。 ルール違反を指摘したばかりだとか言ってる場合じゃない、これが非常事態じゃないなら何が非常時だっていうんだ! だったらそれを教えてくれ!それさえ分かれば危機が回避できるから、未来の情報を流したりするんだろ? 「できない」 できないって……。 「貴方が異時間の情報を古泉一樹から聞いた時点で、歴史に差異が生まれた。21:57に消失する未来も予測される未来で確率が高いと思われる一つであり 確定された物ではない。これから先に起きる出来事は、もう誰にもわからない」 ……なんとなく、居るんじゃないかと思ってましたよ。 「キョン君」 教えてください、知っている事を全部。 「はい、私に話せる全てをお話します。これが、キョン君と会う最後なんだから」 長門のマンションの外で俺を待っていたのは、寂しそうな顔をした大人の朝比奈さんだった。 何も言わない朝比奈さんについていくと、やがていつも俺達が集まる時に使っている駅前の小さな広場に辿り着く。 駅前は深夜だという事を考えても不思議なくらい人影もなく、町は俺達以外に誰もいなくなってしまったのではないかと思う程に静まり返っていた。 「明日の朝、ここにみんなが揃って涼宮さんがSOS団の解散を宣言します」 は? 今日は何回驚かされればいいんだ?……そろそろ勘弁してくれ。 朝比奈さん……それってマジなんですか。 俺の言葉に、朝比奈さん(大)は何故か微笑む。 「はい、大マジです。そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの」 は? 思わずまた大きな声が出てしまった俺を見て、朝比奈さん(大)は嬉しそうに……って今なんて言いました? 「……ショックだったな。なんて、今更ですけど」 や、やだなぁ。こんな時に冗談言わないで下さいよ。 動揺する俺を前に、朝比奈さんは淡々と話し続けた。 「涼宮さんの告白のセリフもキョン君の答えも全部知ってます。知ってるのに、私は存在しなくなるなんて不思議な感じ」 不思議な程、朝比奈さん(大)の言葉は落ち着いていて、それとは反対に俺は状況把握に必死だった。 えっと、みんなが数年後に消えてしまうと思ったらそれは実は3日後で、それはよくわからない宇宙理論で回避できないらしくて、SOS団が明日解散して ハルヒが俺に告白する? どこから突っ込めばいいんですか、これ。 「そして3日後、2人は初めて結ばれて……みんな消えるの」 追い打ちかけないでくださいよ! と叫びたかった。 言葉ってのは凄いな、この時の俺はハルヒに襟首を引っ張られて机に頭を叩きつけられた時よりも動揺していた自信がある。 何で、何でそんな事になるんですか?意味がわかりませんよ。 「それは……私には言えないの。ごめんなさい」 自分が消えるかもしれなくても言えない事ってなんですか?なんて言える空気じゃない。 寂しそうな声で謝る朝比奈さん(大)にそれ以上何を聞いていいのか、俺にはわからなかった。 ――どちらからともなく木製のベンチに座った俺達は、暫くの間無言だった。 でもまあ悪くない沈黙だったと思う。 俺は少しでも頭の整理がしたかったし、朝比奈さん(大)も何か考えているようだった。 ベンチの冷たい感触が無くなってきた頃、 「……キョン君、子供の頃の思いって純粋だと思わない?」 急にどうしたんですか? 優しい声で話す朝比奈さん(大)は星も見えない夜空を見上げたまま、話し続けていく。 「架空の存在ですら心から信じられる、子供ってそんな純粋な心を持ってる。キョン君も信じてたのよね?宇宙人に未来人、正義の味方に超能力者。 年を重ねて現実を知るにつれてそれを信じなくなってしまったけれど」 ……あ、あれ?俺、そんな事話しましたっけ?やだなぁ、忘れてください。 孤島で飲んだ時にもで言ったのか?喋った覚えはないんだけど。 「そんな存在居るわけがない……でも少しは居て欲しい。子供の頃の貴方では想像できなかった現実的な部分まで想像できるように成長した貴方は、 北高校に入学したあの日もそう願っていた。超常的な存在の近くで色んな出来事に巻き込まれながらも見守る、そんな一般市民になりたい、と」 違う、そんな事まで俺が朝比奈さんに言うはずがない。俺だって今、言われるまで忘れてた事だ。 なんで、それを……。 「キョン君、貴方は心から願ってしまった。そんな超常的な存在……もうわかっちゃったよね?涼宮さんみたいな人に出会いたいって。心当たりは あったと思うの。神様みたいな力を持っている涼宮さんが、貴方の後ろの席に居たのは偶然?あの席順でなければ、キョン君はきっと涼宮さんに話し かける事はなかった」 それは、たまたま50音順で座ったからじゃ。 「たまたま同じ学校に進んで、たまたま同じクラスになって、たまたま50音順で後ろの席になった女の子がキョン君の望んでいた神様みたいな女の子。 しかもその子にたまたま選ばれた……これはもう偶然とは言えないですよね。どこかに必然が混じってるんです」 ……もしかして、ハルヒが俺を前の席にしたって事じゃ? 「涼宮さんが探していたのは北高の制服を着ていたジョン・スミス。中学校の時に高校生のジョン・スミスを見て同じクラスになれると思うはずがないし、 万一矛盾を無視してそれを望んだとしても、その名前を本当に信じていたならスミスさんでは並びで言うと涼宮さんの後ろに居るはず。でも実際に 後ろの席に居たのは谷口君でした。そして貴方もずっと感じていた疑問、何故宇宙人でも未来人でも超能力者でもない普通の高校生のキョン君を 涼宮さんは選んだのか?さっき話した、たまたまの中にある必然……その答えは、貴方を選んだのが涼宮さんだったのではなく涼宮さんを選んだのが……」 待ってください! 思わず立ち上がった俺はとにかく何かを言おうとした、このまま説明を聞いていたら何かとんでもない事になってしまうんじゃないか? そんな不安が俺をとにかく焦らせていた。 えっと、今この世界に居るもう1人の朝比奈さんは、未来人だって話を打ち明けてくれた時に数年前のある日よりも以前の時代に戻れなくなったって 言いました。そうなんですよね? 「はい、そうです」 でしょう?って事はやっぱりハルヒが全ての原因なんじゃないですか? 「キョン君が私を背負って涼宮さんとグランドで出会ったあの日、あの日よりも過去に戻れないんです」 黒塗りタクシーの中で聞かされた、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんですという古泉の言葉が思い出される。 ……古泉が言っていたのは……じゃあ。 俺の思考の中で纏まらなかった考えが、望まない形に固まっていくのが止められなかった。 「時間変動が観測されたあの日、涼宮さんがこの世に誕生した。まるで今の年代から逆算したかのような年齢で唐突に。そして関係する全ての人間の記憶に 彼女の存在が書き込まれた。そして涼宮さんによって未来人の存在が産まれた、……そう考えればあの日よりも前に戻れないのに説明がつくんです」 それで理解できるのだろうか、朝比奈さん(大)は小さく息をついて口を閉じてしまった。 すみません、さっぱりわからないんですが……。 俺にわかるのは大量に浮かび上がった問題だけです。それも長門でも解けないであろう超難問がいくつもね。 溜息といっしょに再びベンチに座る、しばらくは立ち上がれそうにない。 じりじりとした感覚だけが続く無言の時間の中、俺は何を考えればいいのかわからず、朝比奈さん(大)は今何を考えているのだろうか?と考えてみた。 これで会うのは最後だと言いきったのはこれがはじめてだけど、それは何故なのか? 未来が変わってしまうのなら、何故朝比奈さんは今ここに居られるのか? ……どうすればいいか教えてくれないのは、もうどうしようもないって事なのか……。 結局考えは形になる事はなく、いつしか悩んでうつむく俺を朝比奈さん(大)は優しく見つめていた。 「キョン君……もう、お別れの時間になってしまいました」 静かに立ち上がった朝比奈さん(大)が言い出した時、俺はそれを引き留めても無駄なんだろうなという事はわかった。 ベンチに座ったままの俺を見下ろす女神は、俺を沈黙させるなど容易いほどに綺麗で、今は大きなその眼に涙を浮かべている。 「この時代に来た私は幸せでした。色々恥ずかしい思いもしたけど、楽しい思い出もいっぱいできたもの。それに……」 すっと近寄ってくる朝比奈さん(大)の体が俺に重なり、動けないままでいる俺を抱きしめた腕に力が込められる。 その体は小さく震えていて、それに気づいても俺にはどうしていいかわからなかったのが悔しかった。 「もう1人の私は何も知らないまま消えてしまうけど……忘れないでね……私が居た事、過ごした思い出を」 俺の耳が涙に震えるその言葉を捉えたのを最後に、ふっと俺の意識は途絶えた。 ――居るわけないか。 再び俺の意識が戻った時ベンチに寝ていたのは俺一人で、やはりというか朝比奈さん(大)の姿はどこにもなかった。 俺の服にしみ込んだ水滴の跡だけが彼女の残した痕跡だ。 ……ハルヒは俺の思い込みの産物で、実は俺が神様だって?冗談だよな。いくらなんでも。 このままここに居ても風邪をひくだけだ。気だるい体を起こし、俺は日付が変わろうとしている静かな町を足早に歩いて行った。 SOS団が解散?確かに明日は市内散策の日で、俺達はここに集合する事になってる。だからってハルヒがそんな事を言い出すなんてありえない。 そうさ、あいつは未来永劫にSOS団は不滅だって言ったんだ。 だから俺は、翌日駅前に集合した時にハルヒが珍しい事に遅刻してきた上にポニーテールだったのにも驚いたんだが。 それより何より、全員が揃った所でいきなりハルヒがSOS団の解散を宣言した時は本当に時間が止まったと思った。 むしろ、止まって欲しかったぜ。 一日目 ただでさえ大きな可愛い瞳をさらに見開いて固まっている朝比奈さん。 多少やつれた顔で、それでも笑顔らしい表情を浮かべている古泉。 こんな時でも無表情の長門。その無表情が今は何故か、悲しく感じる。 俺は……俺はどんな顔をしてたんだろうな?自分ではわからないが、きっと間抜けな顔をしてたんだろうよ。 誰も何も言えないでいる中、ハルヒが口を開く。 「急にこんな事を言ってごめん。SOS団はあたしが言い出した事なのに自分でも勝手だって思ってる」 お前が勝手なのはいつもの事だが……。ハルヒ、お前本気なのか? 思わず本音が混じっていた俺の言葉に怒りもせず、何故かハルヒは顔を暗くして視線を外す。 「うん」 うんだと?俺の聞き間違いか? 谷口、国木田。隠れてるなら今すぐプラカード片手に出てきてくれ。鶴谷さんでも部長氏でも誰でもいい! みんなで揃って俺を担いでるんだろ?そうでなきゃおかしいじゃないか? 悪いことはみんな夢だなんて思うわけじゃないが、これはないだろ? 俯いたハルヒの周りに立つ誰もが口を開けない中、再び沈黙を破ったのはハルヒだった。 「じゃあ、これで解散。みんな……今までありがとう」 その言葉は、信じられない事に涙で掠れていたんだ。 今でも信じられないぜ。 やがて、小さく会釈して古泉が去り。 不思議な事に、長門は顔を上げられないでいるハルヒの手を軽く握ってから去っていった。 最後に残った朝比奈さんはハルヒ以上に涙目というか号泣で、俺とハルヒを交互に見ながら状況の説明を目で求めていた。 かといって俺に言える事なんて何もないわけで、無言の時間を過ごしていると……。 「キョン」 俺の名を呼ぶハルヒの声は、いつもの無意味なまでの力強さは無かったけれど、もう涙声ではなかった。 ただ、ずっと俺とは視線を合わせないままで視線は下を向いたままだったが。 「あたしね、SOS団のみんなが好き。もう解散してしまったけど、きっと一生忘れない」 ……俺もさ。 これだけ楽しい時間を過ごした仲間を忘れるような奴が居たら、そいつは健忘症の末期症状か情報の改竄でも受けたに違いない。 ただ、ここで終わりにするのは何故なんだよ? イベントが尽きたなんて言わせないぜ?なんとなくすっきりしないから、なんてふざけた理由でエンドレス夏休みをやったお前なんだからな。 「……宇宙人、未来人、超能力者。そんな普通じゃない何かと過ごせればきっと楽しいってずっと思ってた。ううん、今でもそれは楽しいんだろうって思ってる」 お前には言えないが、経験者から言わせて貰えばそれは楽しいぞ。 平凡な日常って奴が恋しくなるくらいにな。 「でもね、今はそれよりもっと楽しい事があるの」 そう言ってから、ハルヒはようやく俺に視線を向けた。 紅潮した頬と潤んだ視線に、俺は思わず息を飲む。 『そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの』 大人の朝比奈さんの言葉が蘇り、俺の体に緊張が走った。 まさか……本当にハルヒが? 動揺する俺に落ち着く時間なんて与えてくれるはずもない、そんな所だけはいつものハルヒだったな。 こんな状況で、そんな落ち着いた考えが浮かんだのは何故だろうね? 突然顔を近づけてきたハルヒに唇を奪われた俺は、その柔らかな感触をじっと感じる事ができる程度の余裕があった。 キスしたまま、まるで動こうとしないハルヒ。 ここが日中の街中で人目が無ければ俺もしばらくこうしていた……ってここにはまだ朝比奈さんが! 眼球の動きだけで視線を動かすと、俺達を見つめる天使は口元を両手で隠しながら涙眼のまま微笑を浮かべている。その表情に驚きが無い気がするんだが……。 どれ程そうしていただろうか。 ようやく唇を離したハルヒの第一声は。 「バカ」 だった。 なんていうか……お前らしいな。 「う、うるさい」 ハルヒはいつものペースを取り戻した様な気もするが、その顔は真っ赤なままで見ているとこっちまで赤くなりそうだ。 離れるまで気がつかなかったが、どうやらハルヒはキスしている間ずっと背伸びしていたらしい。 今は恥ずかしそうに視線を泳がせているハルヒのポニーテールが、俺の目の前に見えている。 えっと、今のは……つまり。 なんて聞いたら怒りそうだが、聞くしかないよな?でもなんて言えばいいんだ? 「みんなと居る時も楽しいけど、あんたと2人で居る時の方が楽しいの。でもみんなが嫌いって事じゃなくて大好きなんだけど、あんたは……その、 特別っていうか。2人でずっと一緒に居たいって思って……その。あ、あんたも何か言いなさいよ!」 言ってるお前も恥ずかしいだろうが、聞いてる俺も恥ずかしいぞ。ついでに言えば朝比奈さんはもっとだろうさ。 ハルヒ。 「な、何」 俺の言葉に身を震わせるハルヒは、いつもと同じ強気な暴君の様に胸を張ってはいたが。その手は震えていて、俺を見返す瞳には脅えが浮かんでいた。 未来の朝比奈さん、あなたが聞いたセリフってのは俺が今から言う言葉と同じですか? すっと今の朝比奈さんへ視線をずらすと、ハルヒの顔が一気にこわばる。 俺の視線を受けた朝比奈さんは戸惑って何か言おうとしているが、俺はそれを片手で制した。 さあ、ジョン・スミス?お姫様がお待ちだ。さっさと言っちまえ! ハルヒへと視線を戻した俺は口を開き……。 何で俺なんだ? ハルヒと付き合いだした俺が最初に思ったのはそれだ。 面白さって事なら我ながら特に特徴の無い俺を、魏の唯才令曹が如く人外の逸材を求めていたハルヒが必要とする要因なんて何一つないだろう。 外見?自慢じゃないが、俺がモテるようなルックスじゃない事くらい自覚してるさ。 じゃあ何だ? そんな質問をハルヒが嫌うって事だけは知っている俺は、1人になるたびに答えの出ない自問自答に耽っていた。 まあ、あまりに自分を否定する材料しか出なくて途中で止めたけどな。 「お待たせ」 トイレから戻ってきたハルヒが自然に腕を絡ませてくる。それを恥ずかしいとは思うのだが、ハルヒがやけに嬉しそうなんだから恥ずかしいくらいは 我慢するとしよう。 「あ、カラオケ!入ろう?」 ああ。 本日SOS団でする予定だった市内散策は、そのままデートに形を変えて実行されていた。 もちろんここにいるのは俺とハルヒだけ。 告白の場に居た朝比奈さんの姿はいつの間にか消えていて、俺は彼女が未来へ帰ってしまったのではと狼狽した。 しかし、俺の携帯にいつの間にか届いていたメールを見てほっと胸を撫で下ろす事になる。 『実は、少し前から涼宮さんから好きな男の子が居るって相談されてたんです。涼宮さんの事を大事にしてあげてくださいね』 返信はまだしていない。何て打てばいいのかわからないしな。 かつてお前に、こんなおかしな事は止めて彼氏でも作って一緒にデートでもすればいいと言った事はあったが……まさか俺が彼氏になろうとはね。 人生何が起きるかわからないよな、ただの高校生でしかない俺が時間旅行に閉鎖空間を経験するとか、今時小説にもならない設定だぜ。 何より、お前と俺が付き合うなんてのは、これこそ事実は小説よりも奇なりって奴だろう。 カラオケはまだ日中という事もあって大部屋も含め殆どの部屋は空いてはいたのだが、俺達は2人だったので受付から案内された部屋は3人も入れば 手狭に感じるような小部屋だった。 店員の説明も終わり、扉が閉まって2人っきりになった途端。 「キョン」 呼びかけに振り向いた俺の唇を、再びハルヒの柔らかなそれが塞いだ。 今度は学習していた俺は、少し屈んでそれを受け止める事に成功する。 姿勢が楽だったせいか、さっきよりも長めのキスを終えたハルヒはまた顔を紅潮させていた。 沈黙に耐えられず、とりあえず座ろうとする俺の背後から問い詰めるような声がする。 「前に」 ん? 「前に市内散策した時。有希と、その。何もなかった?みくるちゃんとも!……べ、別に何かあっても今は無いならいいんだけど……」 ……ああ、あの図書館と公園に行った時か。何か懐かしい気がするな。 恥ずかしそうに口を曲げるハルヒはいったいどんな想像をしてるんだ?俺がそんなにもてそうに見えるのかよ。 まあ、あの2人に関して言えば恋愛以前の問題だったんだがな。 あのなあ。あれはみんな出会ったばかりの頃だろうが、そんなすぐに人を好きになったりすると思うか? 「あたしは!」 抗議するように声をあげてハルヒが詰め寄ってくると、座ったばかりのソファーの端に俺はおいやられた。 体勢を崩した俺を押し倒すようにして、ハルヒが俺の胸の辺りを見下ろしている。 「あたしは……ずっと。自己紹介の時に振り向いたあんたを見てから、ずっと気になってて……好きだったんだもん」 そこまで言い切った直後、ソファーに置かれたクッションが俺の顔目掛けて次々と飛んできた。 俺も顔が真っ赤だったはずだからそれはありがたかったんだが……。今のは本気か?その割には俺に対して常に攻撃的だったと思うぞ。 クッションの壁をようやく切り崩した時、ハルヒは何事も無かった様な顔でリモコン片手に曲を入れていた。 まだ顔が真っ赤だったのは見逃しておこう。 ハルヒ。 「ひゃっ?!」 俺に呼びかけられてハルヒが変な声を出して振り向く。 飲み物、何か飲むか? 内線を持つ俺に向かって、またクッションが飛んできたのは言うまでもないだろうね。 それから数時間の間、延々と2人カラオケが繰り広げられる事となった。 ハルヒは文化祭の時同様に素人とは思えない歌唱力を発揮して、俺はもっぱらお笑い担当だったのは適材適所って奴だろうよ。 異様なテンションの高さに飲酒を疑われるような2人だったのだが、俺は心のどこかでここに長門や古泉、朝比奈さんが居ない事に違和感を感じていた。 「キョン」 ん? 不思議なもんだ。 俺がそうやってハルヒ以外の事を考えていると、必ずハルヒはそれを察知したかのようにキスをねだってきた。というか奪いに来る。 短い時間のキスが終わると、決まってハルヒは寂しそうな顔をした。 今思えば俺はなんであんなにのんびりとしていられたんだろうな。 ハルヒが彼女になったのにって話じゃない、このままだともうすぐ4人が消えてしまう日が来るかもしれないって話さ。 夢見たいな事が現実になっちまったせいか知らないが、ともかく俺はハルヒとの時間を過ごす事に文字通り夢中だったんだ。 二日目 「ふ~ん……これがキョンの部屋なんだ」 あれ、夏休みに来た事あったじゃないか。 「あの時はみんなも居たじゃない。今日は、なんだか違う部屋みたい」 本来の主である俺よりもずいぶん軽いであろう体重を支えているベットは、それだけで他人の物みたいに見える。 今日もハルヒはポニーテールだ。 昨日も思ったが髪の長さが足りないせいでぴこぴこと跳ねるそれは、見ていて飽きることがない。 きょろきょろと落ち着き無く部屋中を見回すハルヒは、それなりに緊張しているようだな。俺もだが。 俺はそんなハルヒを椅子に座って眺めていた。 昨日、ハルヒとこれでもかと言う程に遊び倒してから別れた後『明日はキョンの家に行っていい?』とメールが来てからの数時間、俺は自室の掃除に 大慌てだった。 突然の行動に変な所でカンのいい妹は「キョン君!彼女?ねえ彼女が来るの?誰?有希ちゃん?」と騒ぎたて、それを聞きつけた母親も部屋を覗きに 来ようとするのを阻止しながら、何とか恥ずかしくない程度に掃除が終わったのは日付が変わった頃だった。 やれやれ、今は寝不足が続いていいような平時じゃないと知ってるのは俺だけってのはいくらなんでも不公平じゃないか? あ、古泉と長門も知ってるんだったな。 最後の最後まで抵抗を続けた妹は正午を過ぎた今もなお熟睡中で、母親は変な気を利かせてか外出中。 物音一つしない俺の部屋の中で、それまでイージス艦よろしく何かを探していたハルヒの視線がようやく止まった。 「あ、それってアルバム?」 そう言ってハルヒは本棚を指差してこっちを見てきた。緊張していた顔にようやく楽しそうな表情が浮かんでいる。 俺が頷くと、ハルヒはそれを見てもいいと解釈したらしくさっそくアルバムを取り出して膝の上に広げた。 「ふ~ん……。知らない顔ばっかりね」 学校が違うからな。 ハルヒが見つけたアルバムは中学の卒業アルバムで、当然俺の写真なんてクラスの紹介以外には殆ど無い。 行事で活動的に動くような生徒でもなかったし、部活動でも目立ってた事も無い。 そんなのんびりとした生徒をわざわざ写そうとする奇特な教師が居るわけも無く、見つけられた俺の写真の全てが小さな集合写真だったのは当然だろう。 どうやらハルヒはそれが不満なのか、小さな写真まで細かく調べていった。 まあ、気が済むまで見てればいいと思っていたのだが。 「あ、あのさ。中学の時にキョンは誰かと付き合ったりしてなかったの?」 アルバムに視線を落としたまま、ハルヒが呟く。 思わず一人懐かしい顔が思い浮かんだ……が。 してなかったぞ。 嘘をつくまでもなくこれは事実だ。 「そっか」 あっさりと告げた俺の言葉に満足したのだろうか、ハルヒはそれ以上追及する事無くアルバムを閉じて本棚の元の位置に戻した。 そしてそのままの姿勢で固まっている。 「これってもしかして有希の本?」 タイトルだけでよくわかったな。 まあ内容も見た目も軽い本が並んだ棚の中で、その本だけが分厚くて目立つのはわかる。 ハルヒの視線の先には、以前長門に借りたあの本があった。返さなくていいと言われて持ってはいるが、俺が何度も読むとは思えないし返した方が いいんじゃないだろうか。 借り物だけど読んでみるか?お前が気に入りそうな内容だったぞ。 「う、うん。また今度ね」 ……さっきから、というよりもこの部屋に部屋に入ってから変だな、こいつ。それとも俺が変なのか? 「あのさ」 ん? 「急に2人になると何か照れるよね」 そうだな。 平然としてるつもりだが、正直緊張しているぞ。 「でも、みんなが居る時はこんなにキョンと二人っきりで居られないし……。その、キョンは楽しい?……あたしと二人で居て」 緊張した顔で見つめてくるハルヒは、なんというかここで間違いが起きても仕方ないような可愛さだった。 椅子の背もたれに跨っておいてよかったぜ。すぐには馬鹿げた事をしないですむ。 一緒に居たくなかったら、部屋に入れたりしないだろ? 「……そっか、うん」 嬉しそうに俯くハルヒの仕草に、自然に手が伸びていた。 これくらいならいいよな?そう自分に言い訳しながら、ハルヒのポニーテールをそっと撫でてみる。 「ぃひゃ?!な、なに?」 今の俺とハルヒの間には閉鎖空間みたいな見えない壁がある気がする。 それは今まで一緒に過ごしてきた友達という関係で、その一線を越えちまったら今までの様には接する事ができなくなる。そんな壁だ。 自分からその壁を壊しにきたハルヒでさえ、今以上の関係になる事には躊躇いがあるのを感じる。 ……そうだよな、みんなで過ごしてきた時間はそんな簡単に手放せるような物じゃないもんな。 もしかしたら、俺達が恋人同士になってもSOS団を存続させる道はあるのかもしれないが、ハルヒは自分が一番望む事でなければ笑ったりしないだろう。 それがわかっているから解散したんだもんな。 でも今なら、まだ引き返せるかもしれない。 恋人ではなくSOS団の仲間に。 ハルヒは……いや、俺はいったいどちらの関係を望むんだろうか? とまあ俺達の関係もどうすればいいかわからないが、長門達が言うように本当に4人は消えてしまうかもしれないって問題のほうはさらに手詰まりに なっている。 いつもの様に誰かに相談する事もできない、かといって時間が進むのは止められない。 ――答えの出ない疑問を抱えたまま、最後の日がやってきた。 三日目 四日目 放課後の部室棟、誰も居ないであろう文芸部の部室の前で俺は立ち尽くしていた。 ここはもう元文芸部ではない。 廊下には文芸部と書かれたプレートがあるだけで、SOS団と書かれた紙はもうない。つまり本当に文芸部だって事だ。 もしろ最初からそんな紙は無かった事になっているんだろうよ。 触ってみてはいないが、プレートの上にセロテープが貼ってあった痕跡も無く、代わりにそれなりの年月で降り積もった埃が乗っているはずだ。 現状は、俺が長門の力によってハルヒの居ない世界に迷い込んだあの時よりも状況は悪い。 なんせ誰も居ないんだもんな。 頼るべき相手どころか相談相手も居ない。……そして俺には特別な力なんて無いんだ。 ドアノブに手をかけてみたが回す気になれず、俺は手を離してその場を後にした。 家に帰る気にもなれず、教室に戻った俺は机にその身を委ねてこのまま机の一部になろうとしていた。 俺の席は窓際の後ろから……一番目。 後ろの席になるべき場所に机はなく、そこは空間が広がっているだけ。 朝、教室に入った時にその状況を見ても俺は驚かなかった。 こうなってるだろうって予想はできてたからな、変わりに朝倉が居ないってだけいいのかもしれん。 ……いや、本当は朝倉でもいいから居て欲しかったな。 「お、まだいたのか」 声に続いて聞こえてきた足音は二つ、多分谷口と国木田だろう。 その音に振り向くだけの行為も面倒くさく、俺は夕焼けに染まろうとしている空を視線だけで見つめ続ける。 「なんだよキョン、世界の終わりみたいな顔して?」 言いえて妙って奴だな。 「はぁ?」 ある意味、主が居なくなったこの世界は終わってしまってるんだろう。 みんな居なくなってしまった。寡黙な宇宙人も、天使の様な未来人も、ゲームの弱い超能力者も……そしてあいつも。 1人残された俺にはのんびりとした平凡な日常が待っているはずだ、それは俺が望んだからなのか?望んでないとは言えないけどな。 「何意味不明な事言ってんだ?」 ……谷口。 「あ?」 俺が今から聞くことは無駄な事だ、自分でもそれは分かってる。 どうにも力が入らない体をなんとか起こし、奇跡って奴がもう一度起きないか願ってみた。 お前、涼宮ハルヒを知ってるか? 「すずみや……知らねぇな。どんな字を書くんだ?」 国木田はどうだ?長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹。聞いた事のある名前は無いか? 「ん~……聞き覚えのない名前だけど。新しい芸能人か何か?」 そうだよな、初めから何も無かった事になってるんだもんな。 ここは長門が作ったようなIFの世界でもハルヒが無意識に作ってた閉鎖空間でもない、ただの現実。それはわかってるんだ。 「休み明けからお前変だぞ?何があったかしらねえが元気出せって」 ありがとよ。 でもな、俺が何もする気にならないのは仕方ない事じゃないか? 魔法以上の愉快が、限りなく降り注いでいた日常が終わってしまったんだ。何事も無い日常って奴に慣れようにも時間が要る。 再び机との同化作業に戻った俺を残して、二人の足音は遠ざかっていった。 時間の経過に合わせて空はその姿を変えていき、沈んでいく太陽が教室内を赤く染めていく……。 圧力を感じるような光の中、俺はふと背後に気配を感じて振り向いてみた。 しかしやはりそこにはハルヒの机はなく、不自然に広い空間が広がっているだけ。 終わり……か。 今日という一日が終わって過去になり、明日が来る。その繰り返しの中で古い記憶は薄れていき、いずれは消える。それは避けられない事なんだよな。 そうやって理屈を並べて自分を理性的に納得させようとする感情と、それを否定する感情が心の中で戦っているのがわかる。 否定するそれは、ただ単純にあの頃……つまりは数日前に戻りたいと叫んでいた。 俺だってそうしたいさ、朝比奈さんや長門や古泉ともう一度会いたい。ハルヒとも……。 「見ないで」 悲しそうなハルヒの顔が一瞬浮かんで、消える。 あいつ、もう俺とは会いたくないと思ってるかもな。 それまで低かったはずの体温が急に上がるのを感じる、心臓が勢いよく鼓動しだしてまるで今から全力で走り出そうとしているみたいだ。 だらりと垂れ下がったままの腕に力が入り、掌もじっと汗ばんでくる。 あいつが会いたくなくても、俺は会いたい。 ……それだけでもいいよな? 俺は殆ど体温と同じくらいまで温まっていた机から身を起こし、真っ赤に染まった教室を出て行った。 まずはどこだ?いや、考えるまでも無い全部だ! 俺の足は、昨日カマドウマ以下であると確定した俺の頭が動き出す前にすでに走り出していた。 最初に向かったのは屋上の扉前、ハルヒに部活を作る手伝いをしろと脅された場所だ。 夕方の校舎はすでに照明も落ちていて薄暗かったが、探す場所も無いほどにそこには何もない。 ……次は、部室だな。 俺は階段を登ってきた勢いそのままに階段を駆け下りていく。 元文芸部であり元SOS団部室でもあった現文芸部の中には、やはり見覚えのある物は何もなかった。 長門の時に一回経験してるからな、ここまでは予想範囲内さ。 しかし、あの時と違うのは旧式のパソコンもすらもここには無いって事だ。 正直失望もあった。だが、諦めるのはまだ早い。 壁際に置かれた本棚に向かうと、さっそく端から順に調べていく。 今回も栞があるとは限らない、小さなヒントも見逃さないように丁寧にページをめくっていく……。 無いか。 本棚の本を全部調べ終えた時、思わず独り言が出てしまった。 薄暗かった部室は今は照明をつけているので明るいが、外はすでに日が落ちていてグランドにも人影は無い。 探し物をしている間に用務員が一度部室を訪れたが、必死に調べ物をしている俺の姿を見て勉強の為とでも勘違いしたのかあっさりと引き上げてくれた。 次はなんだ? あいつは俺に部活を作る規則を調べさせて、自分は部室とメンバーを準備したんだったな。その後どうなった? ……最初、ここに長門が居た。 あいつがいつも居た窓際に、今はパイプ椅子は置かれていない。 そして、朝比奈さんが拉致されてきた。 ハルヒの興味が向くままに集められていった朝比奈さんの衣装がかかったハンガーは、その姿を消している。 最後に、転校してきたばかりの古泉が連れてこられた。 弱いくせに次々と持ち込んできたあいつのゲームは、部室のどこを探しても見つからない。 SOS団に関わるものは何もかも無くなっている、そんなのはわかってるさ。 とりあえず座ろうと思い、部屋の隅にあったパイプ椅子を広げて置いた時、俺の脳裏に僅かに熱をもった視線で見上げるあの宇宙人の顔が浮かんだ。 「なんだい君は。入部希望者かい?」 無駄にエアコンが効いた部室に入ってきた俺を迎えてくれたのは、奇異の目で見上げる部長氏の顔。 そしてモニターから視線を上げようともしない部員達だった。 どうみても初対面って感じだな。俺達は面識すら無いって事になってるらしい。 入部希望じゃないんですが、コンピ研に興味があって来たんです。 「はぁ?……もしかして、文化祭で我々のゲームをプレイしたのかい?」 部長氏のその言葉に俺は思わず息を飲む。 思い出されるのはSOS団に挑戦状を持ってきた部長氏、先手必勝と蹴り飛ばすハルヒ、宇宙空間を彷徨う朝比奈さん、のりのりな超能力者。 ……そして僅かに目を輝かせた宇宙人。 頼むぜ、何か手掛かりがあってくれよ? 俺はなるべく専門家っぽい表情を浮かべて部長氏のパソコンを覗き込んだ。 どこかで見たことがあるモニターだとは思ったが、これはハルヒが強奪した例の最新型パソコンじゃないか。 あるべき場所にあると違うように見えるもんだな。 不審げな視線を送ってくる部長氏を無視しながら、俺は言葉を選んで話し始めた。 The Day Of SagittariusuⅢには、チートモードがある。 俺の言い終えるのと同時、部室の中に響いていた無機質なタイプ音が瞬時に止まる。 「……な、何の事だい?」 声は笑っていても、モニターに写ってる顔が笑ってないぜ?部長さん。 索敵モード、オフ。 続く俺の言葉で、部員の間に緊張が走るのがわかる。そして何より部長氏の顔は引き攣っていた。 さらにワープ機能。 「ど、どうやって調べたんだ?配布版には編集機能は無いし、何よりロックしてあるプログラムを解析できるなんてただの高校生とは思えない……君、名前は?」 急に熱意に満ちた目で見つめてくる部長氏に、俺は何て答えればいいのか? ここで答えるべき名前はこれしかないだろう、ある意味俺には魔法の言葉だ。 ただの一般人でしかない俺に、ほんのちょっとの勇気をくれる名前。 ……待ってろよ?ハルヒ。 俺は久しぶりに胸を張って口を開いた。 聞きたいのはハンドルネームですよね?俺はジョン・スミスです。 それから俺は部長氏にSOS団の事を聞いた。まさか知って無いだろうと思ったのだが、 「ああ、知ってるよ。僕のお気に入りにいつのまにか登録してあったんだ。カウンターとTOPページがあるだけのHPで何なのかわからないんだけど、 何故か消去する気になれないんだ」 一気に道が開けたのかと期待した俺だったが、残念ながら部長氏が知っているのはそのサイトだけで、長門や古泉、そしてあんな事があった朝比奈さんと ハルヒの事も知らなかった。 それにしてもあいつの痕跡が何故この世界に残れたのか? 俺に正確な答えが出せるとは思えないが、あのサイトはハルヒが指示して、俺が作った物だ。 つまりこのサイトは、シンボルマークを除けばパソコンに向かう俺の後ろでがなってた指示だけしかハルヒは関わっていない事になる。 ここで正確な事がわかるはずもないが、とにかく俺はみんなとの繋がりを見つけた事に喜んでいた。 部長氏のパソコンでさっそくそのサイトを見せてもらうと、そこにはあの長門改編による「ZOZ」団のロゴが現れる。 カウンターは一万を超えたままだ、数日前に見たはずなのに懐かしさがこみ上げてくるのを止められないぜ。 URLに数行足して、編集者モードに入りログインパスワードを入れる。 「これってあんたのサイトなのか?」 パスワードは正確に認知され、画面は編集画面へと切り替わった。よかった、間違いなくこれは俺が作ったサイトらしい。 まあそんなもんです。 「もしかして……他人のパソコンのお気に入りに自動登録させるウイルスか何かなのかい?凄い技術じゃないか!」 変な方向へ勘違いしてくれている部長氏は無視したまま、俺はブラウザを閉じて、次の行動に移った。 スタート、検索、対象はドライブ全部で形式はJPG・・ 「ちょ、ちょっと待ってくれ?」 ああ。そうか、高校生のパソコンに見られたらまずいものがないわけないよな。 検索対象を変更、フォルダ名mikuruを検索。 ……だめか。 検索結果は0件が表示されている。 朝比奈さんの存在が無かった事になってるのに、画像が残ってるわけないか。 「い、今のはなんだったんだい?もしかして君のプログラムの痕跡を探してみたとか?」 適当な言い訳を考えるまでも無い、部長氏は勝手に勘違いを継続してくれているようだ。 まあそんな所です。 少なくともこれで、実は俺は精神障害者で今までの出来事は全て妄想に過ぎなかったなんて事はなかったわけだ。 だからといって状況が好転しているって事でもないけどな。 部長氏にパソコンを明け渡し、また来ますとだけ言い残して俺はコンピ研の部室を後にした。 う~寒い。 そう自然に口から出るほどに、いつの間にか外の気温は下がっていた。 地球温暖化の影響って奴かは知らないが、日中と気温の差がありすぎるんだよな。 防寒面でまるで役に立たない冬制服を恨みつつ足早に校門を出て、そのままいつもの下り坂を降りていく。 すでに周りに生徒の姿はない、まあ街灯がついてるような時間だから当然といえば当然だ。 寒さを振り払うように自然と速度を上げて歩いて行くと、次の目的地である女子校が見えてきた。 自然に思い出されるのは髪の長いあの世界のハルヒと、思いっきり足を蹴られた時のあの痛みだな。 ふと、女子高の前に誰かが立っているのが見える。 それは腰辺りまで伸びた長い髪に、黄色いカチューシャをして……って。 寒さに震えていた体がさらに温度を下げた気がしたのに、それは不快な寒さではなかったというかなんとも説明しようがないね。 気のせいでなければ、その人影もどうやらこちらを見ているようだ。 距離にして30メートル程度しか離れていないから、顔までは見えないだろうけど俺の姿は確認できていると思う。が、何のリアクションもない。 気がつけば止まっていた足を何とか前に踏み出す。 何故俺はびびってるんだ? あれがもし、「あの時のハルヒ」だとしても、俺が恐れなくちゃいけない理由なんて何もないはずだ。 それに俺は女子高があの時みたいに共学に変わっていて、ハルヒが居る事を望んでいたはずだろ? だからこうしてここに居るのに、無駄に激しい胸の動悸は治まりそうにもない。 そして残り10メートル程の距離まで来た、……すかさず漏れる溜息。 おいおい、俺はどうあって欲しかったってんだよ。 そこに居たのはハルヒでも、そしてあの時のハルヒでもない――ただの知らない女生徒だった。 近づいてきた俺が自分を見ているのに気づいて、女生徒は小さく会釈しながら不審げな眼をしている。 まあそうだろうな、通りすがりの男子高生が自分を見ていきなり溜息をついてんだから。 俺も適当に会釈のような素振りをして、足早にその場を通り過ぎた。 横目に見た女子高はどう見てもいつもと同じ校舎のまま、これまたよく見れば女生徒の制服もいつもの女子高の物のままだった。 軽い失望と不思議な安堵感と共に次に俺が向かったのは……。 手慣れた操作でタッチパネルを操作していくと、安っぽい電子音とともに自動扉は開いていく。 覚えていた暗証番号が使える、って事は少しは期待できるかもしれないな。 公園を出て例のマンションへとやって来た俺は、久しぶりに自信に満ちた顔でさっそく長門の部屋へと向かった。 しかし現実って奴は厳しい。 708号室の前に取り付けられたインターホンはいくら鳴らしてもなんの反応もなく、当然オートロックで守られた扉は固く閉ざされている。 留守……って可能性もなくはないが、あいつが部室とマンション以外で行きそうな場所となると図書館くらいしか思いつかない。 その図書館だってこんな時間じゃもう閉まってるよな。 違う人が出てこなかっただけまだ救いはあるが、それだけで喜べるほどプラス思考にはなれそうにないぜ。 他の三人の家なんて知らないし、覚えていた携帯番号も全員そろって使われていないのガイダンスが流れてくる。 何をしていいのかわからない時間が、確実にやる気のゲージを削り取っていく。 ……これからどうすればいいんだ? ドアに背を向けてもたれると、視界にはネオンに彩られた夜の街がどこまでも広がっている。 長門の世界で時間制限をかけられてた時の方がまだよかったよな。 あの時は制限があったからこそ可能性もあるんだって思えていたが、今回みたいに何のヒントも何の手がかりも……というよりも、 可能性すら感じられない状況では期待し続ける事が難しい。 見知らぬ上級生になっていた朝比奈さんも、転校して来なかった古泉も、文芸部で一人過ごしていた長門も居ない。 そして、ハルヒも。 もうあきらめろよ? そう、自分の中の理性が言っているのがわかる。徒労感が味方しているのか今度の理性はやけに強気だ。 ただ、平凡な日常に戻るだけだろ?それに慣れるように努力した方が前向き。違うかい? ……そうかもな。 今の言葉、本気で思ってるか?考えてもみろ、これから進路だテストだって忙しくなる。そうなった時に今までみたいな事をしてたら後で後悔するぜ? そう考えたら、今の状況は悪くない。やっと周りの連中と同じに戻れただけじゃないか。俺の言葉に反論できるんならしてみろって。 ……。 何事もな、済んでしまったら寂しくなるんだよ。ゲームが終わってもアニメが終わっても恋愛が終わってもな。そうなった時に未練たらしく思い続ける よりも、他にやるべき事を見つけて努力する事が人生において最も大切であってだな。 黙れ。 思わず声が出た自分に驚きながらも、俺は急いで左右を見回した。 ……よかった、誰もいないか。 末期症状だな。いくら突っ込む相手が居ないからって、自分で自分に突っ込んでどうするんだよ? 突然、静かな廊下に携帯の着信音が鳴り響く。 コンクリートの壁に反射されたそれが響き渡る中、俺は急いで携帯を取り出して相手も確認しないまま受話ボタンを押した。 「あ、キョン君?今日は遅いね!どうしたの?」 甲高い妹の声を聞きながら小さくため息をつく、そういえば連絡してなかったな。 悪い、今日は遅くなるから夕飯は要らないって伝えておいてくれ。 「おかーさーん。キョン君ごはんいらないってー…………うん…………お母さんが何時に帰ってくるのって?」 わからん。 「わからんってー」 妹がおそらく母親へ向かって叫んでいるのであろう無駄にでかい声を聞きながら、俺は通話終了のボタンを押した。 そしてそのままマナーモードに設定して携帯をしまう。 これからどうすりゃいいのかも、もうわかんねーよ。 それからしばらくの間、無音で振動を続ける携帯を無視したままで俺は変わらない様で変わっていく夜の街並みを眺める事にした。 ――どれくらいそうしていたんだろう。 いつの間にか冷たかったはずのドアは俺の体温でそれなりの温度に上昇していて、代わりに夜の外気にさらされていた俺の体は冷え切っていた。 うわ、もうこんな時間かよ? やれやれ……結局4日連続で日付を超えるまで起きてる事になるな。 取り出した携帯の時間にため息をつきながら、俺はエレベーターへと向かって戻り始めた。 安全の為か常時照明がついているエレベーターのフロアに辿り着くと、階数表示のパネルの数字がゆっくり増えて行くところだった。 なんとなく下を押すのが躊躇われて待っていると、階数表示はそのまま数字を増やしていきやがて俺が居る階。つまりは7階にたどり着いて止まった。 エレベーターの扉が開くとそこには……。 「お久しぶり。……何よ、そんな不思議そうな顔をして」 そいつは当たり前の様に俺の手を掴んでエレベーターへと招き入れると、そのまま5階のボタンを押した。 7階に用があったんじゃないのか? 「久しぶりに帰ってきたクラスメイトに、そんな冷たい態度はないんじゃない?」 そいつは無邪気な様で邪気たっぷりにしか見えない顔で俺の顔を見ながら笑っている。 つい先日刺されたばかりの俺が間違えようもない――そいつはどうみても朝倉涼子だった。 エレベーターの中には何故か大量の荷物が山積みに置かれていて、しかも朝倉はこの寒さの中でどうみても夏向きな半袖の服を着ている。 「何でこんな格好なのか気になる?」 別に。 お前が男装をしていようがメイド服を着ていようが知ったこっちゃねーよ。 「無理しないの。貴方の力になる為に戻ってきてあげたんだから」 俺の力に?お前が? 台詞が終わるのを待っていたかのようにエレベーターは下降を止め、扉が開いていく。 「荷物を運ぶの手伝ってもらえるかな?重くて大変だったの」 嘘つけよ。どう考えても普通の女一人で運べるような荷物の量じゃないが、お前が普通じゃないって事ぐらい覚えてるぞ。 と、言いたかったのだが。俺は素直に朝倉の部屋まで荷物を運んでやることにした。 やっと見つけた手がかりだ、たとえ自分を2度も殺そうとした相手だからって嬉しくないわけじゃないしな。 朝倉の部屋、505室の中は長門の部屋と同じ間取りなのだが壁紙もカーテンも無く長門の部屋以上に殺風景だった。 「一人暮らしの女の子の部屋に入れたからって、変な事考えちゃダメだからね?」 馬鹿な事を。 変な事ってなんだ、情報連結の解除か? 俺の言葉に、朝倉は驚いたような嬉しそうな表情を浮かべた。 「ふ~ん……って事は君は全部覚えてるんだ。やっぱりね」 エレベーターと部屋を十数回往復してやっと荷物を運び終えた俺がソファーに座っている回りを、朝倉は楽しそうに歩いては次々と荷物を開封していく。 ふと目についた荷物のタグには、見慣れない英単語が並んでいた。 まあ見慣れた英単語なんて無いんだが。 朝倉、お前どこか外国へ行ってたのか? 「私がどこへ行ってたのかは知ってるでしょ?」 紐で縛られた食器を運びながら朝倉は笑っている、俺が知っているだって? 俺が知っているお前は長門に消滅させられて、建前上カナダへ行った事になり。その後、俺を殺そうとしてだな。 「今言ったじゃない」 なんのことだ? 「私は建前上、カナダへ行ったのよね」 そうだな。お前が消えちまった事を長門がそうやってごまかしてくれたんだろうよ。 「ヒント、涼宮さんが思った事はいったいどうなりますか?」 何を突然……。 「いいから答えてよ」 ハルヒが思った事はその通りになっちまう。これでいいか? 「正解!長門さんが私の情報連結を解除した事を涼宮さんは知らない。そして私はカナダへ行ったと聞いた……」 思いつくまでに数秒かかった。 ……まさか! 驚く俺を見て、朝倉は嬉しそうに笑っている。 ハルヒは朝倉が転校したと本気で思ってる、なんせ実際にここまできて探しまくったんだからな。 だから本当は消えてしまった朝倉は、ハルヒの思い込みのせいで本当にカナダに行った事になったってのかよ? 「長門さんも私がカナダに再構築されてた事には気づかなかったみたいね。……でもそれって、気にしてなかったからチェックもしなかったって事だから ちょっとショックだけど……そのおかげで助かったんだから、結果オーライって所かな」 それで?何で帰ってきたんだ。3度目の正直で俺を殺したくてか? 1度目はナイフが掠っただけ、2回目は奇跡的に致命傷にはならなかったがしっかり突き刺してくれた。次はなんだ? 「3度目?」 覚えていないというよりも本当に知らないらしく、朝倉は不思議そうな顔で俺を見ている。 ああ、あの時の事は知らないのか。気にするな。 「気になるから教えてよ?それに涼宮さんが居なくなった今、私は貴方に殺意なんて持ってないから安心して?」 その言葉に俺は少なからず、いやかなり動揺した。 何でハルヒが居ない事を知ってるんだ?いや、それよりハルヒが居ないのを知ってるならなんでここに来たんだよ? 「そんなに一度に質問しないで、それに私が先に質問してるの。質問に質問で返すなんていけないよ?まずはそうね……涼宮さんの居なくなった時の話がいいな」 そう言って俺が座るビニールに包まれたままのソファーの向かいにあった、まだ封を開けていない段ボールの上に朝倉は座った。 どうやら話を聞くまでは何も教えるつもりは無いらしい。 終始嬉しそうな顔をしている朝倉相手に、俺はこれまでの事を話し始めた。 俺は昨日の事は一生誰にも話せないだろうと思っていたが、本当はやっぱり誰かに聞いて欲しかったのかもしない。 一度開いた口は止まらず、聞き役に徹している朝倉相手に俺はゆっくりと事の顛末を話していった……。 3日目 「ねえキョン」 なんだ? 「なんだかさ、休日の校舎って不思議な感じよね」 そう聞いてくるハルヒは、極上のスマイルに少しの緊張をブレンドした顔で……惚気でしがないが、俺はそれを素直に可愛いと思った。 もちろん今日もハルヒはポニーテール、三日連続だが一向に飽きる気がしないね。 あの日。 結局、一日俺の部屋で過ごした俺とハルヒなのだが。 ハルヒのポニーテールを触っている時に妹が乱入してきてからは特に何事もなく、妹相手にハルヒが暴れまわって何故か料理大会にゲーム大会と続いて いつの間にか日付が変わっていた……とまあそんな感じだった。 つまりは、朝比奈さん(大人)が言うような展開も何一つ起こらなかった訳で、俺は密かに危険は回避できたと思っている。 ハルヒと、その、なんだ。表現する事に制限がかかるような展開があってみんな消えるって奴の事だ。 少なくとも、俺とハルヒの間にそんな出来事はなかった断言できるぞ。 「朝比奈みくるの異時間同位体が知っている知識は、これから起こるはずであった選択肢の一つ」 ハルヒが帰った後、これでもう大丈夫なのか?と長門へ送ったメールの返事がこれだ。 なんとも素敵にわかりにくいが、なんとなく意味は通じる気がする。 でも、朝比奈さん(大人)が言う歴史通りにはならない可能性もあるんだよな? と聞いてみると。 「絶対の歴史はどこにも存在しない」 という何とも頼りがいのある返答が返ってきた。 「何にやけてんの?」 ん、いやなんでもない。 「変なキョン」 にやにやしている俺に疑いの眼差しで見つめるハルヒだが、流石に今の俺の心境までは見通せないだろうよ。 静かな部室棟を俺達二人は歩いて行く、目的はもちろんSOS団の部室だ。 部室のドアの前で俺はふと足を止めた。 「何見てるの?」 ん?ああ、これだ。 俺が指さしたのは、文芸部の看板に張られたハルヒ直筆のSOS団と書かれた元A4紙だ。 「ああ、これね。ちゃんとした看板の方がいいのかな」 隣に立ってハルヒも看板を見上げる。 そうじゃなくて、俺はSOS団が解散したなら文芸部に部室を明け渡すべきじゃないかと思ったんだが……まあいいか。 俺はお前が書いたこれも好きだけどな。 そういって俺は部室の扉を開けたのだが、何故かハルヒに背中を叩かれた。 何故だ? さて、どうして俺達がわざわざ休日の部室棟なんて所に居るのか?と思っている人も居るかもしれないな。 それにはちゃんとした訳がある、つまりは俺とハルヒの関係は結果的に彼氏彼女、俗に言う恋人って状態になったわけだ。 だが、さっきも言ったが朝比奈さん(大人)の予言には続きがある。 あの時は思わず流してしまったのだが、予言によればハルヒの告白、付き合いだす、そして……なんというかまあ、二人ははじめて結ばれるとあのお方は 仰ったわけだ。 この予言を回避する為に、俺はハルヒに明日は部室へ行こうと提案してみた。 いくらなんでも学校でそんな展開にはならないだろうし、部室ならいくらでも遊びようがあるからな。 それに、テスト明けの休日にわざわざ学校へ来るような向学心溢れる生徒は北校には一人も居ないだろう。 休日の最終日に部室へ行こうと言った俺をハルヒは不思議がっていたが、説得するまでもなくあっさりと承諾した。 「はい」 そう言って差し出されたお茶を手に取ると、 「み、みくるちゃんには敵わないと思うけど」 と、ハルヒはあわてて付け加えた。 まだ何も言ってないぞ、それにな。 「それに……なによ」 美味しいぞ、これ。 「ばっ!……ありがとう」 一瞬お盆を振り上げたハルヒは、そのまま後ろを向いてしまった。 本来、礼を言うのは俺の方なんじゃないだろうか?とも思ったがハルヒは嬉しそうにお盆を片づけに行く。 熱いお茶が心も体も温める感覚に酔いしれる、お茶はいいねえ。 二人っきりの部室は妙に広く感じて、なんとなく俺は長門の世界に迷い込んだ時の事を思い出していた。 静かな部室で、一人本を読んでいた眼鏡をかけた長門。 そういえばあいつは向こうの世界では何か小説を書いてたんだっけ? 結局読めなかったな。 鶴屋さんと仲良く、ごくごく普通の高校生活を送っていた朝比奈さん。 ……残念だが、俺の事は間違いなく不審者という認識で終わっているだろう。 不機嫌オーラ全開でぶつけようのない力を持て余してたハルヒと、そんなハルヒに好意を寄せる古泉。 二人は俺が居なかったらどうなるんだろうか?実らぬ恋で終わる……いや、案外うまくいくのかもしれない。 あいつらはみんな居なかった事になったんだろうか? それとも、俺にはわからないどこかでまだ続いているんだろうか? ――俺の居ないSOS団として。 「ね、ねえ」 ん? いつもの団長席に座ったばかりのハルヒが、パソコンの隣からこちらをちらちら見ている。 「そっちに行ってもいい?」 いいも何も朝比奈さんは今日は居ないし、お前の好きな所へ座ればいいだろ? と、思わず言いそうになったがここはそんな事を言うべきじゃないよな。 俺が黙って隣にあるパイプ椅子を手前に引くのにあわせて、ハルヒ顔に笑顔が浮かんだ。 少し赤面したハルヒが俺の隣に大人しく座っている。 それはそれで可愛いと思うんだが、何も話しかけてこないハルヒ相手に俺はどうしていいのかわからなかった。 誰に頼まれた訳でもないのに、不定期にとびっきりの面倒事を持ち込んできたハルヒが急に大人しくなってるんだ。無理もないだろ? だからといってこのまま病院の待合室のごとく並んで座っているのもなんなので、俺はなんとなくハルヒの手を握ってみると。 倒れるパイプ椅子と脊髄反射的に立ち上がるハルヒ。 「なんで離すの?」 お前は何を言ってるんだ? 手を振り払って立ち上がったのはお前じゃないか。 それに、お前が立とうとしてるのにそのまま掴んでたら倒れるだろ? 「ご、ごめん」 そういって座りなおしたハルヒは、おずおずと手を伸ばしてきた。どうやら握ってもいいという事らしい。 俺はそっとその手を掴んでみる。一瞬ハルヒの体がびくっとなったが、今度は逃げられなかった。 軽く握っている俺の手にハルヒの指がゆっくりと触れてくる。 うつむいているからよくわからないが、前髪の間から見えるその顔は真っ赤になっていた。 キスは無理やり奪えても、ハルヒにとっては髪を触られたり手を握られるのは恥ずかしい物なのかもしれん。 いつも俺を連れまわしてる時は、襟首だのネクタイだの好き勝手に掴んでたのに何で今日は恥ずかしそうなんだ? 「あれは!その、まだ団長と団員の関係だった時の事じゃない。今は違うから、これも違うの」 そうなのか。 「そうなの」 嬉しそうに言い切るハルヒを見ていると、俺も何故か嬉しかった。 この感情を文字にするなら多分、好きって言葉がすんなりと当てはまるはずなんだが、それを言葉にするのは恥ずかしいというか躊躇われるのは何故だろうね? 相手がその言葉を望んでいるだろうと思って、自分も伝えたいのに言葉にできない。そんなもどかしい感情を人は…… 「何考えてるの?」 いつの間にか多少顔色を平常に戻していたハルヒが俺の顔を見つめていた。 ハルヒな目に俺の緊張した顔が写っている、おいおい俺はこれからどうするつもりなんだ? ハルヒ。 俺の呼びかけをどう取ったのかわからないが、ハルヒは俺を見上げたまま目を閉じる。 これはつまり、その……。 昨日しておいて今日出来ないって事もないのだろうが、 「えええ!」 突然の大声は俺達の背後、隣の部屋から聞こえてきた。 それは残念ながらというか可憐な女子生徒といった声ではなく、男子生徒の狼狽したような声にしか聞こえない。 続いて聞こえてくるドアを開ける音、それに続く小さな足音とあわただしい足音。 「ま、待ってくれ?君が居なくなるってどういう事なんだい?」 入口のドアにある窓越しに見えた人影と、聞こえてくる声にも聞き覚えがある、あれはコンピ研の 「部長?」 俺とハルヒの声が重なった。 そっとドアを開けてみると、そこにはいかにもインドアそうな華奢な体つきの部長氏が、その体ですら隠せてしまうような小さな長門の肩を掴んでいた。 そんなに力強く揺さぶっているんじゃないのだろうが、長門はまるでマネキンの様に前後に揺さぶられるがままになっている。 「詳しく説明してくれないか?もうここには来れないってどんな意味なんだい?いや、それはまあ君のレベルから見れば僕らと一緒にいる時間に意味なんて 微塵もないんだろうけど……ってそうじゃない、居なくなるってどういう事なんだい?」 廊下に顔を出した俺と、困った様なそうでもないような顔で揺さぶられるままだった長門と視線が合う、 その目には、ありえないはずだが驚きといった感じの感情が浮かんでいるような気がした。 「ちょっとあんた!有希に乱暴するなんて何考えてるのよ!」 言葉と同じ速度ではないかと思う速さでハルヒが部室を飛び出していく。 以前、部長氏に問答無用で飛び蹴りを入れたお前が言うのもどうかと思うが、言ってることは正論だな。 でもお前が言うと不思議な気持ちになるのは何故だろう。 見ているだけに耐えかねたのだろう、言葉だけでなくハルヒが部長氏に掴みかかっていく。当然肩などではなく、襟だ。しかも片手で持ち上げてやがる。 それを乱暴と呼ぼう。 酸欠で弁論する機会を酸素的に奪われている部長氏には悪いが、先に長門だな。 まるで当事者ではないかのごとく平然とした顔で立つ長門に駆け寄った、急がないと部長氏が危ない。 長門、お前居なくなるって本当か?それってどういう事なんだ? 例の件はフラグ的に回避してる気がするから多分大丈夫だぞ? なんてハルヒの前では言えないが。 そう聞かれた長門は、ただじっと俺の顔を見ていて……不思議なことにそのまま視線を下へと向けてしまった。 俺にだけ聞こえる小さな声で長門は呟く。 「涼宮ハルヒは私にこの部室に居て欲しいと望んだ、だから私はここに居る。しかし同時に貴方と二人きりで居たいとも望んでいる。貴方達が部室に 近づいて来たのを感じてコンピ研の部室に隠れていた」 なんだそりゃ?っていうか居なくなるって話と関係なくないか? 「原因は不明。ここ数日、涼宮ハルヒの力は徐々に弱まってきていた。でも今は、これまでで最も大きい力を感じる。恐らく、彼女が望む事は 殆ど全てが現実になってしまう位に」 相変わらず長門の話は俺には理解できないのだが、俺を見つめる長門の眼からはある種の緊張のような物が感じられた。 「有希」 いつの間にかハルヒは部長氏を開放して、俺と長門の顔を交互に見つめていた。 その顔が怒っていたのならまだよかった。 俺は思わず息を飲み、言葉を無くす。 何故ならその時のハルヒの顔は、どう見ても不安そうだったのだ。 俺達の間に訪れる沈黙、静かな廊下には足元で荒い息をする部長氏の声だけが響いていた。 そんな中、遠くから誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてくる。 「あ」 「これは」 その足音と声は。 「みくるちゃん、古泉君」 ハルヒ、これもお前が望んだからなのか? 解散したはずのSOS団のメンバーが、召集された訳でもないのに何故か揃ってしまったわけだ。 しかも人気のない、休日の部室棟に。 古泉、お前どうしてここへ? 俺の言葉に古泉は困った笑顔を浮かべる。 「どうして、と言われると困りますが。休日に他に行く当てがなかったもので」 嘘だ、それは俺でも即座にわかるレベルの嘘だった。 俺に視線を向ける古泉は、笑顔の中で必死に何かを訴えかけてきている。しかしそれが何を意味しているのかは俺にはわからない。 「みくるちゃんはどうしてここに?」 「え?あ、あの。お洋服を返す前にクリーニングに出そうかと思って……」 朝比奈さんの言葉を聞いてハルヒは口を閉ざす、どうやら思い出してしまった様だ。 俺達はもう、SOS団ではないという事に。 誰も口を開けない中。 「……なんだか知らないけど部室に入ったら? ここじゃ寒いだろう」 廊下に座ったままの部長氏が不思議そうな顔で提案してきた。 長門さんの事を後で教えてくれないか?彼女には色々勉強させてもらったから、もしも何か事情があって転校するとかなら僕達も何かしたいんだ。 そう俺に告げて部長氏はコンピ研に戻って行き、俺達は誰からともなく元SOS団の部室に入っていった。 長門がいつもの様に本棚から本を取り窓際へ向かい、朝比奈さんも迷う事無くポットへと歩いて行く。 俺は古泉の向かいに座って、ハルヒはいつもの団長席に座る。 いつもと同じSOS団にしか見えない光景、ただ俺達の間に流れる空気はいつものそれとはまったく違う物になっていた。 「はい。どうぞ」 もうSOS団はないのに、朝比奈さんはいつもの様にお茶を淹れてくれる。 その心づかいが今は何よりありがたいです。 お盆の上に並ぶ湯呑の数はいつもと同じ五人分、俺はさっきハルヒのお茶を飲んだばかりだったが小さく会釈して湯呑を受け取った。 習慣というものなのだろうか、古泉は決着間際で終わっていたボードゲームを取り出そうとしていた。 が、俺の視線を感じてその手を止める。 お前がそんな余裕のない顔をするなんてな。 一目でわかるほど、古泉の笑顔にいつもの余裕はなかった。 ハルヒはと言えば誰に視線を向けるでもなく、なんとなくパソコンを立ち上げたり窓の外を見てみたりと落ち着きがない。 誰も口を開かない中で、ハルヒのその行動はいつもとは違う意味で目立って見える。 そんな中でも長門はいつも通り無音の読書を続けていて、その部分だけ切り取ってみればいつものSOS団だと言えなくもない。 ……でも、SOS団が無かった時も長門は一人そうしていたんだろうな。 文芸部の部室で、一人読書をしていた眼鏡をかけたあの世界の長門と同じ様に。 古泉。 「え、あ。はい」 そんなに動揺するな。話にくいだろ。 何も予定がなくてここに来たんだろ?これからみんなでどこかに遊びに行くか? そうすれば朝比奈さん(大)の予言はまず間違いなく回避できるんだ。 だが、俺の思考はどうやら古泉には伝わらなかったらしい。 「いいですね。と、言いたい所ですがお邪魔になってはいけませんし。どうぞ僕の事は気にしないでください」 それは……無理だろう。 自分でもどうすればいいのかわからないのか、古泉はあいかわらず視線で何かを訴えかけている。 そうしている間も、朝比奈さんは黙々とハルヒに押し付けられた衣装をハンガーから外していき、袋の中へと詰め込んでいく。 どの衣装にも思い入れがあるのだろうか、ハンガーから外すたびに朝比奈さんは服を広げて固まったまま無言で見つめている。 「キョン」 ハルヒのたった一言の言葉に、部室の時間が止まった気がした。 団長席に座ったハルヒは、俺に向かって色々と思いつめた顔を向けている。 困ったような苦しいような、悲しいようなそんな顔で。 「……正直に言って? キョンは……」 続く言葉を選んでいるのか、ハルヒの口は言葉を紡がないまま弱弱しく動く。 古泉が何かを言おうとする気配を感じたが、俺はハルヒから視線が外せなかった。 ……なんだ?顔が動かない? 視線を外せないというのは比喩表現でもなんでもなく、俺の体は俺の意志に従って動くことを辞めてしまったかのようにピクリとも動かなくなっていた。 何が起きてるんだ? 突然の出来事に戸惑う余裕もない、表情すら変えられなくなった俺に向かってハルヒはようやく言葉を繋げる。 一度、窓際で読書をしている長門に視線を向けてから、 「あたしと一緒にいるより。ゆ……みんなと一緒に居た方が楽しい?」 まるでその言葉が合図だったかのように、俺の体は自由を取り戻す。 が、今度はハルヒへの返答を迫られた状態でやはり俺はハルヒから視線を外せなかった。 視線を向けないままだが、今古泉が俺に対して向けている視線ならすぐに意味が理解できる。 涼宮さんを選んでください。だろ? よくみれば、いつのまにか読書を辞めていた長門も俺を見つめていた。 その視線にはなんの感情もない様にしか見えないが、今は何かを訴えかけてきているように感じられる。 朝比奈さんは俺の後ろに居たので顔色を確認する事はできないが、あわあわとしている雰囲気だけはなんとなく感じられた。 数秒が数時間にも感じられる中、俺が口を開こうとすると。 「……みんな、何を隠してるの?」 俺を見つめるハルヒの顔から、表情が消えていた。 『恐らく、彼女が望む事は殆ど現実になってしまう位に』 長門の言葉が思い出された瞬間、俺は即座に後悔した。 何故なら俺は連想してしまったのだ、もしここでハルヒに知られたら最も困る事は何か、を。 「嘘でしょ」 目を見開いたハルヒが突然立ち上がり、古泉、朝比奈さん、長門へと視線を向けていく。 「キョン今のなんなの? え? ……嘘。古泉君、みくるちゃん嘘でしょ? ねえ。有希……有希? そんな、そんな事あるわけない。そんなの嫌!」 ハルヒ! 全員の視線が集まる中で、ハルヒは何かを否定するように首を振る。 「そんなの……居るはずないじゃない!」 錯乱して叫ぶハルヒに俺が駆け寄ろうとした瞬間、俺は信じられない物を見てしまった。 古泉が、朝比奈さんが、長門が。 ハルヒの叫んだ言葉に合わせて、三人とも消えてしまったのだ。 嫌な程の静寂が部室に戻る。 嘘……だろ? それは僅か数秒の間の出来事だったのに、俺は何もできなかった。 古泉が居たパイプ椅子は無人のままテーブルから少し離れた位置に置かれていて、窓際の長門の椅子には開いたままの本が置かれている。 朝比奈さんがまとめていた服が入った袋は、支える人がいなくなった事で音をたててゆっくりと崩れ、中に入っていた服がいくつかはみ出して止まった。 俺はハルヒに駆け寄ろうとしたままの姿勢で固まっている。 何が起きたのかなんて考えたくない、考えなくてもわかってしまったがそれを認めたくない。 「なんなの……なんで?キョンやみんなの思ってる事が聞こえてきて、どうして?なんでみんな消えちゃったの?」 震えるハルヒの声に、俺はなんて答えてやればいいのかわからなかった。 どうすればいい? 何かあるはずだ! あれから三日もあったのに俺は何を考えてきたんだ? 背中を伝う嫌な汗が止まらない。 なんとか自分を奮い立たせて、俺は呆然として立ち尽くすハルヒに近寄る。 ハルヒ。 「キョン、どうして?なんでみんな」 脅えが浮かぶその目をじっと見つめる。 ハルヒ、俺が今から言う言葉をそのまま言ってくれ。できれば心からそう思って言ってくれるといい。 「何それ、キョン。顔、怖いよ?ねえ」 怯えるハルヒの肩に手をのせると、ハルヒの体は大げさな程に震えた。 頼むぜハルヒ。もうこの状況を何とかできるやつはお前しか居ないんだ。 小さく息をついて、俺は言葉を選ぶ。頼む、奇跡って奴があるなら今ここで起きてくれ! 宇宙人、未来人、超能力者は私の所に来なさい。以上だ。 何言ってるの? と言い返しそうな顔をしたハルヒだったが、俺の顔が本気なのを見てぽつぽつと呟いた。 「宇宙人、未来人、超能力者は私の所にきなさい……これでいいの?」 疑いながらも素直に俺の言葉通りに呟くハルヒだったが、振り向いた俺の視界に入ったのは無人の部室だった。 嘘だろ? なんでだ? 今更だが俺の体も震えだす、それはみんなが居なくなってしまった事へのショックもある。 だがそれ以上に、この事態を招いてしまったのはハルヒの力による物だという事を知られたくなかったからだったのだが……。 「キョン」 最悪だ。 再び俺が視線を戻した時、ハルヒは声を殺して泣いていた。 最悪で大馬鹿野郎だ。 俺に何か言おうと口を開くが、ハルヒは何も言えないまま両手で顔を覆ってしまう。 最悪で大馬鹿野郎で救いようのないカマドウマ以下の糞野郎だ。 涙が流れるのも気にせずに、ハルヒは部室が震えるほどの大声で叫んだ。 「宇宙人も未来人も超能力者も居る! 居るの! だからみんな帰ってきて? 有希! みくるちゃん……古泉君……お願い……お願いするから。キョン、 あたし願ってるの! 本当よ? ……なんでダメなの? みんな……みんな。キョン、全部私のせいなんだよね?」 何故、ハルヒが願ってもみんなは元に戻れなかったのか? それは俺にはわからない。 俺にわかるのは、ハルヒに最も教えてはいけない事。 全ての原因は願望を実現するハルヒの力だという事を思い浮かべてしまった俺が、救いようのない馬鹿野郎だって事だけだ。 ただ泣きじゃくるハルヒを見ていた俺は、この上最悪の言葉まで思い出してしまう。 その言葉が思い出されるのを押しとどめようと思わず頭を振った瞬間。 「見ないで」 ハルヒの声が聞こえたと思った時、そこにはもう、ハルヒは居なかった。 机の上にはさっきまで確かにあった団長とかかれた三角錐もパソコンは無く、振り向けばそこに朝比奈さんの衣装もない。 本棚を確認する頃には俺の心は既にあきらめていた、そして思い出されるあの言葉。 ――俺だけが、残る。 古泉の呼び出しからはじまった今回の出来事で、相談した全員が出したその答え。 けだるい体を動かし、なんとか俺はパイプ椅子に体を預ける。 人事も尽くさなかった俺には天命を待つ資格すらない。 物音一つしない部室の中、俺だけが残ってしまった。 その日どうやって家に帰ったのか、果たして夕食は食べたのか。どうやって登校してきたのかも覚えていない。 ただ覚えているのは暗い自分の部屋で布団にもぐり――またハルヒにあの閉鎖空間へ呼び出さるのをじっと待っていた事だけだ。 「なるほどね」 話が終わった所で、朝倉は気を使っているのかことさら明るくそう答えた。 俺は長門がIFの世界に作り変えた事と、その世界を元に戻そうとした時に朝倉が俺を殺そうとした事も一緒に話したのだが朝倉はその話には あまり興味が無いようだった。 どうやら本当に知らないみたいだな、あの時の事は古泉も知らなかったし本当に別の世界の出来事なのかもしれない。 今度はそっちの番だろ。 俺の言葉に、朝倉は少し寂しそうな笑顔を浮かべる。 「そうね。でも最初に言っておくけど、私が全てを元に戻すことができる。なんて期待だけはしないでね?」 恐らくそれは嘘ではないんだろう、その時何故だか知らないが俺はそう思った。 「あの日貴方を殺しそこねた私は、長門さんに情報連結を解除された。そして最初に言ったように涼宮さんの認識によってカナダに再構成されたの。 何の力もない、ただの女子高校生としてね。涼宮さんにとって、私は宇宙人じゃなかったんだから仕方なかった事だとは思うけど最初は大変だったわよ。 でもまあ、貴方の話によれば宇宙人だと認識されていたら私も消えてしまってたんだろうし、これも運命って感じかしら」 軽く話す朝倉だが、俺にはそんな外国で一人取り残されても生存能力はない自信があるぞ。 よく無事だったな。 「無事とは言えないわね、だってすぐに警察に捕まってパスポートも無い私は不法入国って事になってしばらく拘束されてたんだもん…… まあ、合法的に入国してないのは確かだから文句は言えないけどね。強制送還されるかな?って思ってたんだけど、初犯だし未成年だから 保釈金さえ払えばいいって言われてそれからは自由の身。現地の領事館でパスポートも作ったし、すぐに日本に戻って良かったんだけど 特に戻る理由がなかったからカナダでのんびりしてたわ」 朝倉、お前英語が話せるのか?それとよくそんなにお金があったな。 「ああ、人間の通貨は涼宮さんを観察する上で一般生活を不自然なく過ごす為に必要だから、銀行のデータをいじってあらかじめ準備してあったの。 それに人間の使う言語なら一通り知ってるわよ、もちろん長門さんも私と同じ」 俺には、長門が流暢に外国語を話す姿ってのはどうしても想像できない。 「それで、ここからが本題ね。涼宮さんの存在が消えた時、それを私も感じたの。どうしてわかったのかなんて言われても困るけど、 多分私が涼宮さんの創造物だからじゃないかな。あの時、涼宮さんは人外の存在を否定した。だから貴方はここに残っている事ができて、私も残れた。 そして再び出会った二人、これってアダムとイヴみたいじゃない?」 大違いだ。 そう言いながらも俺は落胆を隠せなかった。何故なら、だ。 朝倉の話通りなら、この世界にはもう宇宙人、未来人、超能力者は存在しないって事になるんだろ?。 みんなを取り戻す為に必要なのは正にそんな存在だったのに、その可能性すらも残ってないのかよ?……まったく、溜息しか出ないぜ。 古泉、お前の理論は外れたな。 最後まで俺が残れたから俺が特別なんじゃなくて、俺はただの人間だから取り残されちまっただけみたいだ。 「今日はもう遅いし、続きはまた明日学校で話しましょう。また同じクラスに編入できるかどうかわからないけど、仲良くして欲しいな。あ、結局荷物も 殆ど貴方一人に運んでもらっちゃったし、なんだったら今日は泊っていってもいいよ?」 返事をする気にもなれない。 俯いたままソファーに座っている俺の横に朝倉が近づいてくる、それを無視していると朝倉はそのまま俺の隣に座った。 そのまま俺に体重を預けてくる朝倉の体温が、腕越しに伝わってくる。 「取り残された者同士仲良くするのっていけない?どうせなら、全てを知ってる人同士の方が長続きすると思うんだけどな。私と一緒に居れば、いつか涼宮さん 達を取り戻すチャンスが巡ってくるかもしれないし」 そうだな、はいはい。 ――付き合いきれん。ソファーから立ち上がろうとする俺を手を朝倉は掴んでくる、そして俺に寂しそうな視線を向けて来ていた。 そこには夕陽の校舎の中で俺にナイフを向けてきた時に見せた機械的な笑顔も、早朝の校門前で俺にナイフを刺してくれたあの時の狂気の顔もなく、 ただ寂しいと伝えてくる同級生の顔がある。 「……ねえ、キョン君」 朝倉は軽く俺の手を握っているだけで、振り払おうと思えばその手は簡単に振り払えてしまうだろう。 考えてみればいくらお金があって知識があっても、今の朝倉はただの人間なんだ。 それが外国で一人取り残されて、辛くないわけがないよな。 誰にも連絡を取らず、日本に戻らなかったのも再び自分が消されてしまうかもしれないなら当然だ。 朝倉の瞳が潤んできたのが見えた時、俺はその手を―― 乱暴に振り払った。 そっと振り払った。
https://w.atwiki.jp/sasaki_ss/pages/1851.html
おだやかで落ち着いた世界 それが私の望むものだと、誰かが言った。そう、私は周囲が考えている よりも平凡であり、面白みのある人間ではない。案外流されているところがあり、彼が自分をほめてくれ るのがこそばゆいほどだ。だから、あの時、私はその選択をして別の道を歩むことになった。それでいい、 それが自然な流れだと。運命にすべてをゆだねるわけではないが、そうなるのが私と彼の関係の結末だと、 そう考えていた。 ”嘘だね”頭の中に響く声。”いつまで誤魔化すつもりだい” ”口にしたじゃないか。たった一人の、この世界で愛すべき存在。それが彼だと。” 私の心が揺れ始め、穏やかな世界が変化していく。本当の気持ち、私は何を望む?私がほしいものは、、、 「キョン、先に部室に行っててくれないか。僕は長門さんと図書室によってから来るよ。朝倉さんも委員会 の話し合いがあって遅れるらしいから、一人で待ってもらうことになるけど。」 今日の放課後、俺達は文芸部のこれからの活動方針を話し合うことを決めていた。とりあえず、方針を決めない 事には前には進めない。一応部員もそろったことだし、今後の活動を行う上でそれは必要なことだった。 佐々木と別れ、俺は一人部室へ向かう。借りてきた鍵で扉を明け、部屋に入り窓を明け、空気を入れ替え、俺は 清掃用具入れから道具を取り出し、部室の掃除を始める。長門たちは必ずこれをやっているそうだが、頭がさがるね。 掃除を終えたあと、俺は椅子に座り、長門から先日借りた本を読んで佐々木達を待つことにした。 SF小説だが、もともと俺が好きだったジャンルで、しかも面白いのでここの所、暇なときはずっと読んでいる。 やっぱり本はよいものだ。長門は司書に向いているかもしれない。 10ぺ-ジぐらい進んだところで、部室の扉が開く音が聞こえたので佐々木達が来たと思った俺は、そちら に視線をやると、そこに立っていたのは佐々木と長門ではなく、長い綺麗な黒髪にカチュ-シャをつけた、 佐々木にまさるも劣らない美人な女生徒だった。佐々木の知り合いではない(俺は佐々木の友人なら全員知っている) ので、おそらく長門か朝倉の友人だろうと俺は思った。 「ここ、文芸部よね。」 その通りだ。一応そう表示しているし、部員もようやく揃えたばかりで、まだ何も活動はしていないが、文芸部で あることは間違いない。 「入部希望者か?いま部長はいないんだが、もうすぐ来ると思う。少し待ってもらえるなら-」 「見学させて。」 俺の言葉を途中でさえぎり、女生徒は勝手に椅子に腰かけると、後は口を固く結んだまま黙って しまった。何なんだ、こいつは。 とりあえず、話をするのは佐々木達が来てからだな、と思い、俺は読書の続きをすることにした。 その前に、俺はその女生徒のクラスと名前を聞いた。 「一年九組。涼宮ハルヒ。」 それだけ答えると、その涼宮と名乗った女生徒は、貝のように口を閉じてしまった。 沈黙は続いたが、それを破ったのは涼宮と名乗った女生徒だった。 「それ、面白いの?」 俺が読んでいる小説のことを指しているのはわかるが、きちんと主語・述語・形容詞を入れてくれ。 「面白いよ。ここの部長が貸してくれたんだが、読み応えはある。」 「ふーん、そうなんだ。」 涼宮の顔には、何故か不満そうな表情が現れている。余計なお世話だが、美人が台無しである。 「ねえ、アンタ、世界て、面白いと思う?」 いきなりスケ-ルがでかい話だな。世界て、一体どこまでの範囲を言うんだ。 「高校に入学したら、何か面白いことがあると思っていた。何か楽しいことが待っているだろうと期待して いたわ。だけど、ダメね。クラブを全部回ってみたけど、ワクワクさせるようなものは一つもなかった。」 「そういえば、クラブ活動を全部回っているという女子がいるとは聞いたが、あれはお前だったのか。」 てっきり俺は佐々木のことだとばかり思っていたのだが。 「佐々木さんて、誰?あたしとおんなじことをやったの?」 ああ。俺の親友でな。好奇心と探求心の塊だ。 「ふーん。で、この文芸部は何か面白いことをやるの?」 それを今から皆で相談するところだ。お前が面白いと感じるかどうかはわからんが。 「そうね。あんまり面白くなさそうね。」 涼宮はそう言うと、椅子から立ち上がる。おいおい、何も見学していないじゃないか。一体何しに来たんだ。 「本当につまんない。中学時代と変わらないじゃない、これじゃ。」 さっきより涼宮は不満の色を露わにし、唇がペリカンの口のようにひん曲がっている。 「邪魔したわね。」そう言いながら、部室を出ようとした涼宮に、俺は声を掛けた。 後から思えば、それは余計なことだったかもしれない。 「全部のクラブを回ったて言ったよな。んで、その中にお前を面白い気持ちにさせるようなクラブはなかった、と。」 「そうよ。」 「だったら、お前が作ればいいんだよ。お前が面白いと思うような活動をするクラブを。人の敷いたレ―ルの上を歩く んじゃなくて、お前自身がレ-ルを敷けばいい。」 最後の言葉は佐々木のパクリだが、我ながらいいセリフだと(その時は)思った。 その言葉を聞いたときの涼宮は、大きい目をさらに大きくして、つい先ほどまでの不満顔はどこへやら、輝くような笑顔を浮かべていた。 「そうよ!」 部室どころか、外にまで響くような大きな声で涼宮は叫んでいた。 「自分でクラブを作ればいいのよ!」 「コロンブスの卵だわ!何で今まで思いつかなかったのかしら、アンタ、天才ね!」 いや、俺は凡人だ。親友は間違いなく天才だが。 「そういえば、顔は平凡ね。」 余計なお世話だ。まあ、俺が美男子とは言えないことは事実であるが。 「アンタ、名前は?」 実に魅力的な笑顔を浮かべている涼宮に、俺は自分の名前を名乗ろうとした時、部室に佐々木と長門が 入ってきた。 「キョン、お待たせ。図書室で過去の文芸誌を見つけたんで借りる手続きをしていたら遅くなってしまっ た。済まなかったね。」 涼宮は、俺と佐々木を交互に見て、「アンタ、キョンて言うんだ。面白い名前ね。」と言い出し、俺が 「あだ名だ」と言ったが、すでに遅し。涼宮にも俺は『キョン』として認知される羽目になった。 「じゃあね。」 最後にそれだけ言って、涼宮は文芸部の部室から出て行った。本当に何しに来たんだ、あいつは。 「誰だい、今の美人は。あんな知り合いが君にいたのかい、キョン。」 一応見学に来た、新入部員候補だったんだが、三〇分も経たないうちに、新クラブ創設者に宗旨替えした らしい。一年九組の涼宮ハルヒとか名乗っていたが。 「なかなか元気そうな人だね。」 よくわからん。話した感じでは気分変動が激しそうだ。お前とは大違いだな。一緒なのは顔が美人てことぐらいか。 俺の言葉に、何故か佐々木は黙ってしまい、長門は顔を赤らめている。どうした、二人共。何か俺、変なことを言っ たか? 「全く、キョン、君は、、、、君の言動には慣れているつもりだが、、、まあ、いいよ。会議を始めよう。」 佐々木の進行で会議を始めて、しばらくして朝倉も合流し、今後の文芸部の活動方針を煮詰めていった。佐々木を進行 役にしたことで会議は効率的に進み、朝倉や長門の提案もあり、話し合いは比較的早く終わった。とりあえず、文化祭を 新生文芸部のアピ-ルの場とすることと決定し、ずっと休刊していた文芸部誌の復活を当面の目標にすることにした。 「キョン、しっかり書いてくれよ。」 俺に文才があるとはとても思えんが、やってみるさ。何事も挑戦だ。 その後、俺たちは朝倉の家にお邪魔し、朝倉が淹れてくれたコ-ヒ-を飲み、お菓子を食べながら無駄話を楽しんだ。ああ、 それから、ちゃんと勉強もしたぞ(佐々木の提案だったんだが)。中学時代の俺からは考えられないことだが、真面目にやっ たさ。何せ、俺の隣には天才がいて、おまけに長門も朝倉もかなり頭がいいことが判明した。勉強もはかどるさ。待てよ、国 木田も頭良いし、馬鹿は俺だけか? 「キョン、君は馬鹿じゃないよ。今までのやり方に問題があっただけだ。僕たちと一緒にやれば、君の成績は間違いなく向上 するさ。それは一年間、君と一緒に学んだ僕が保証する。」 お前はいつもそう言ってくれるが、どうなんだろうか。まあ、お前の言葉なら、俺は信用できるのだが。 「本当にキョン君と佐々木さんて、仲がいいのね。」 朝倉の言葉に佐々木は微笑み、「私たちは親友だからね。」と言った。 ”邪魔はさせないよ。誰にも。涼宮さんには特に、ね”
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/568.html
今の季節は秋。 ある日、いつものように学校を終わらせ、SOS団室へ向かった。 ノックしたが、反応も無い…。 俺は、迷わずドアを開けた。 中に入ると、目の前にハルヒが寝てる。 うむ、道理で返事してなかった訳か…。 「全く…起こすか…」 少し溜息しながらハルヒを起こそうと…思ったのはいいが…。 俺、疲れてると思う。 想像してくれ、寝てるハルヒの後ろに本物の尻尾が生えてるし、頭に本物の猫耳が出てるし、おまけに猫耳がピクピク動いてる。 近くに、水無いのか? 周りを見ても無いので、便所へ行って顔洗い、戻って見ると…やっぱ猫耳と尻尾がある。 これは、どうしたものが…幻覚か!? 長門は、いない。 古泉は、いない。 朝比奈さんは、いない。 …そういえば、3人は用事があったな。 この状況はどう把握すればいい!? 助けて!スペランカー先生! …にしても、起こすべきか?起こさないべきか? もし起こしたとすれば、猫並みに行動するのかもしれない。 いや、ハルヒの事だからな…するに決まってるだろうな…。 えぇい、起こすしかないのか! 「おぃ、ハルヒ…起きろ」 「フニャ?あ、あれ…キョンじゃないニャ」 嘘だろ!?口調も変わってるし! 「ふにゃぁ…って、あれ?何か口調が変だニャ」 これは、ハルヒに知るしかないな。 「ハルヒ…落ち着いて、深呼吸してくれ」 「え?何でニャ?」 いいから、しろよ。 「スー、ハー、スゥー、ハー…したニャ」 「よし、鏡を見ろ」 俺は、どこから取り出したが知らないか、大きな鏡を持って来て見せた。 「…何これ?」 俺に聞くな…俺も頭を抱きたい。 「もー!取れないニャ!どうなってるニャァ!」 俺も言いたいわ!どうなってんだぁぁぁぁぁ… 「ハッ!古泉や長門がここにいなくでも携帯があ…」 しまったぁぁっ!携帯は家に忘れたーっ! 何で事だ…昨日、電気が切れたので充電してたのだ。 それを忘れるなんで…。 落ち込む俺の前にハルヒがいる。 「さっきから、態度が激しいけど…大丈夫かニャ?」 ヤ、ヤバイ…今回のハルヒは可愛すぎる!? 「だ、だ、だだ、大丈夫だ!そぅ、大丈夫だ!はっはっはっはっ…」 俺は、誤魔化しながら部室から出た。 「キョン、どうしたニャ?」 ハルヒは、首を少し横に傾いて、頭の上に?のマークが出る。 ヤベェ、理性が暴走する所だった。 「くそ!誰がやったんだ!」 本当に苦悩してしまう。 ん、待てよ。 ハルヒの能力って確か…どんな願いでも必ず叶えてしまう能力あったな。 バァン! 「うにゃぁっ!」 俺は勢いよく扉を開けたせいで激しく驚いたハルヒがいた。 「ハルヒ、猫になりたいと言う願いあったのか?」 「そういえば、そうニャねぇ…そう思ってたニャ」 やっぱし…こいつの願いのせいで…。 でも、本当によく出来てるなぁ。 俺は猫耳を触れた途端。 「フニャァ、触るなニャ!」 ど、どしたんだ!ハルヒ!? 「そ、その…感じたニャ…」 うむ、そこも完全に猫になってるのか…。 だったら、顎と喉の辺りにを触れたらどうなるのかな? 「ふにゅぅ、気持ちいいニャァ…」 ほほぅ、可愛いなぁ…。 「って、さ、触るなニャ!」 あ、照れた。 よし、色々やってみよっと。 「ちょ、や…やめ…」 ――30分後 「……」 「フン!」 「…痛いんだけど、ハルヒさん」 「知らないニャ!」 俺の体に引っ掻かれた後があり、服もボロボロになった。 全く、引っ掻く事は無いのだろう…いや、俺も悪かったな。 「でも、気持ち良かっただろ?」 「し、知らないニャ!」 ハルヒは俺を見ずに言う。 「だけど、尻尾だけは素直だぜ」 そぅ、ハルヒの尻尾は大きく振っていた。 「な、何をバカな事を…」 「猫の尻尾は感情表れやすく、大きく振れば嬉しい。怖い時は引っ込む。警戒する時は尻尾か立つ…だったな」 「~~~!」 流石、ハルヒは反論出来ないみたいだな。 さて、これからはどうするか…。 このまま出たら、バレそうだな。 どうしたらいいのやら…。 「ハルヒ、取りあえず、尻尾だけは隠しとけ」 「分かったニャ」 俺は、部室から出て、この後どうするべきかを考えた。 まず、ハルヒを俺の家へ連れて行って…古泉か長門どっちが電話するしかないな。 はぁ、何か疲れたよ…。 俺は、大きく溜息した。 これからの目的をハルヒに伝えといたが…。 ハルヒが慌てたり嫌がったりゴロゴロと態度を変わってるのが面白かった。 「さ、帰るニャ」 漸く、落ち着いたようだ。 この後…俺達は、部室を後して学校へ出たのはいいか…緊急事態だ。 何故なら、俺達が歩いてる時に後ろから声が聞こえた。 「やっほー、キョン君とハルにゃん!」 鶴屋さんがやって来たのだ。 「あ、こんにちわ」 「キョン君とハルにゃん、今から帰るのかぃ!」 相変わらずハイテンションな人だな。 きっと、悩み事は無いのだろう。 「え、えぇ…そうです」 「おや、ハルにゃん!何この猫耳は?」 「……」 あ、ハルヒが真っ赤になって黙ったまま俯いてる…。 「んー、どうしたのかぃ?ハルにゃん?」 そうだ、誤魔化さないと。 「あ、ハルヒはですね…昨日、カラオケしてたので、喉が痛んでるんで…あぁ、これは罰ゲームですから」 「あー、そうかぃそうかぃ!私はでっきり、キョン君が何か変な事したんじゃないかと思ってて!」 うっ…これは痛い。 痛恨の一撃だ…。 「す、する訳無いですよ!」 「あー、あっやしい!」 と、ケラケラ笑う鶴屋さんが言う。 からかないで下さい鶴屋さん。 さっきまでは本当に大変なんですよ…。 「じゃ、二人とも、まだねぇ!」 はぁ、さっきより疲れが来た…。 俺は、横目でハルヒを見た。 まだ真っ赤になって俯いてるな。 俺もだけど。 「やれやれ…」 そして、帰路を歩いてる途中、まだ誰が来た。 「WAWAWA、忘れ物~」 ちっ、谷口かよ、こいつはチャックを開ける事が多いから「チャック魔」と呼ばれる可哀相な男だ。 「…うぉぅ!?キョンか…」 何だ、今の安心したような顔は…。 「いやー、実はさ…さっきナンパしたけどな…って、おわっ!?ハ、ハルヒ!?」 おぃ、気付くの遅いわ! 「キョン、これは新しいコスプレなのか?」 どこがコスプレに見えるんだ…。 「ネコ耳ねぇ、尻尾もあるのか?」 さぁ、自分で調べてみろ…殺されるぞ。 「え、遠慮しとくわ」 立ち去ろうとする谷口、腰抜けめ! 「あー、谷口」 「な、何だ」 「言おうと思ったけど、チャック閉め忘れてるぞ!」 「って、おわっ!マジかよ!?」 「あと…後ろ歩きしたら、危な…」 「おうわぁぁぁ…」 遅かったか…。 後ろにマンホールの蓋が外れてるから落ちるぞと言おうとしたのに…遅かったか。 「キョン!それを早く言えぇぇぇ…」 俺は谷口を救ってやりたい所だが…日々の恨みあるので無視しよう。 谷口を放って置いて俺の家に帰った。 さて、家に帰ったのはいいけど…生憎、親が居ないので助かった。 妹?アイツなら、野外活動へ行ったぞ 「あー、キツかったニャ…尻尾を隠すのにキツかったのニャ」 やっと、喋ったな…ハルヒ。 「ハルヒ、風呂沸いたから…風呂に入れ」 「うん」 ふぅ…流石に疲れた。 あ、これで言うの3回目だっけ? まぁ、いい…古泉に電話しとかないと… 「…ョン、キョン!」 「うぉわ!?ハ、ハルヒが…どぅ…」 俺の目の前には、全裸のハルヒがいた。 それは、どういう事だ。 夢なのか!夢なのか!? 「風呂の湯、熱くで入れないニャ!何とかしてニャ!」 「そ、そそ、それは分かったけど…お、おおお、お前…ま、前隠せよ!」 「え?」 ハルヒは、自分の体を見て、顔真っ赤になった。 「ニャァァァァァァァァァ…」 ハルヒの悲鳴は家中に響いた。 ――数分後 ……。 「ゴメン、ゴメンなさいニャ!」 俺は、怒ってるぞ…ハルヒ。 「あまりにも熱さで忘れてたニャ!」 へぇへぇ、そうかぃそうかぃ。 「ちょ、ちょっと聞いてるニャ?」 皆さんに、状況をお知らせしよう。 ハルヒは悲鳴を上げた後、俺の顔に引っ掻かれ風呂場へ逃げ出した。 で、ハルヒが風呂上がった後、自分で何をしたかを把握し謝ってる所だ。 「…で、どうすんだ?この傷はよ?」 「えっと、それは…その…」 戸惑うハルヒって可愛いな。 まぁ、許してやるかな。 「あー、分かった分かった。許してやるよ」 「え、本当?」 目を輝いて、尻尾を大きく振ってやがる。 「取りあえず、腹減ったな…」 今の時間は、もう7時過ぎてる。 夜食を出していい時間だろう。 「あ、あたしが作ってやるニャ!」 ハルヒは、そう言って台所へ向かった。 何分経ったのだろうか。 物音が聴こえない…まさかと思って見てみると。 ハルヒは、よだれを流しながら魚をずっと見てた。 「おぃ、ハルヒ…何やってるんだ」 「え?うわっ!はははは…つい魚を見てると食べたくなるニャ」 こりゃ、猫の本性だな。 「魚は俺がやるから、それ以外のを作れ」 「わ、分かったニャ」 さて、古泉と長門に電話するか。 俺は電話を掛け、古泉に電話した。 「もしもし、カメさん、カーメさんよー」 くだらん事言うな。 「あぁ、面白くなくて、すみませんね」 そんな事より、聞いてくれ。 「はい」 俺は、今までの出来事を説明した。 「…と言う訳だ」 「確かに、涼宮さんの願いによってこうなったと思いますね」 お前も思ってたのか。 どうすればいい。 「キスする事しかないですね」 ふざけるな。 「冗談ですよ、涼宮さんの願いを変えればいいんですよ」 あぁ、その手があったのか。 「と言う訳で、言いたい事は終わりです。では」 お、おぃ!…切りやがった。 明日でも会って殴る事にしようか。 次、長門に電話するか。 「…もしもし」 おぃおぃ、電話を掛けてから1秒も経ってないのに早いな。 「よっ、実はな…」 「状況は把握してる…」 それなら、説明しなくてもいいんだな。 「だったら…」 「あとは、あなたに任せる…おやすみ」 ちょっ…切りやがった…。 ってか、早い会話だったな、おぃ…。 明日でも軽く説教したい気分だぜ。 俺がブツブツ言ってる間に、ハルヒが来た。 「ご、ご飯出来たニャ…」 そんなに顔赤らめても困りますけど。 後は、俺が魚を焼くだけでやっと食べれる。 さっきから、台所の入り口から物凄く見られてるような気がするが…気のせいだと思うことにする。 「ほれ、出来たぞ」 「ゴクッ…」 …ずっと、魚を見てるな。 まぁいい、食べるか。 「いただきます」 「いっただきまーすっ!」 俺は呆然してしまった…何故なら。 合掌した後、すぐに俺の魚を奪いやがった。 「おぃ、ハルヒ…それは俺の物だぞ」 俺は、箸で魚を取り返そうとしたが…手に引っ掻かれた。 ハルヒは、フーーーッと言いながら尻尾立ってた。 あぁ、尻尾立ってるって事は、警戒してるってか。 「はぁ…やるよ…」 ハルヒの態度がゴロッと変わった。 「ありがとニャ!」 魚を奪いやがって…あぁ、いまいましい、いまいましい、いまいましいっ! こうして、夜食が終わった。 ハルヒよ、魚の恨み忘れんぞ。 この後、ハルヒがシャミセンと喧嘩したり、意味も無く壁を引っ掻いたりするから大変だった。 本人は無意識でやっただけらしい…本当に猫の本性を発揮してるみたいだな。 そして、寝る時間になった。 「なぁ、ハルヒ…元の姿に戻りたいと思わないか?」 「んー、戻りたいと思ってるニャ」 なら、簡単だな。 それにしても、何故、猫に? 「なぁ、一つだけ言っていいか?」 「何ニャ?」 ちょとんとするハルヒもまだ可愛いな。 「何故、猫になりたがったのだ」 「んー、猫になれば新しい発見出来るかなと思ってたニャ」 なるほど、単純な考えだ。 「それに…」 それに?何だ。 「あ、な、何でもないニャ!」 「そうか…」 俺は、牛乳入ってるコップを飲み干した。 ふぃー…美味! 「あ、キョン…口の辺りに牛乳が付いてるニャ」 「お、スマンな…」 ティッシュで拭こうと思った瞬間、ハルヒが信じられない行動をした! ハルヒが俺の顔に近づいて、口の辺りに付いてた牛乳を舐めたのである! 思わず、手で口を塞いだ。 「な!ななななななな…」 「あ!ゴ、ゴ、ゴメンニャ!も、もう寝るニャ!」 ハルヒは、素早く俺のベッドへ行き毛布を被って寝た。 俺は、石化してしまった。 翌日、ずっと固まってた俺はやっと動けた…。 「眠い…」 何でこった…昨日からアレのせいで石化してしまったとは…。 洗面所から出た途端、二階から何やらドタバタと聴こえる。 「キョン!猫耳と尻尾が無くなったわよ!」 ほぅ、それは良かったな。 「やったーやったー!」 子供のようにはしゃぐハルヒである。 「さて、朝食作るか…」 「あ、キョン、お礼に朝食作るから…その間寝ていいよ」 おー、スマンな。 ハルヒの手料理はおいしいからな。 「それに、昨日はゴメンね」 分かってるさ、アレは猫の意識だと言いたいのだろう。 さぁ、寝るとするかね。 キョン、ゴメンね。 本当は、あたしの意識でやっただけだからね。 お疲れ様…キョン…。 あたしは、嬉しくて料理いっぱい作っちゃった。 キョンって、全部…食べてくれるのかな? そう思いながら、キョンを起こしに行った。 「起きなさい!キョン!朝食よ!」 シャミセン「ニャア?」 完 「あれ?私の出番、無いんですかぁ~酷いですぅ~」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3079.html
キョンの病欠からの続きです …部室の様子からもっと物が溢れ返ってる部屋を想像したんだが…。 初めて入ったハルヒの部屋はあまり女の子らしさがしないシンプルな内装だった。それでも微かに感じられるその独特の香りは、ここが疑いようもなく女の子の部屋なのだと俺に認識させてくれた。 「よう、調子はどうだ?」 「……だいぶ良くなったけど…最悪よ」 …どっちだよ。 ハルヒは少し不機嫌な表情でベッドに横になっていて、いつもの覇気が感じられなかった。いつぞやもそう思ったが、弱っているハルヒというのはなかなか新鮮だな。 「ほら、コンビニので申し訳ないが、見舞いの品のプリンだ。風邪にはプリンなんだろ?」 サイドテーブルに見舞いの品を置くと、ハルヒはそれと俺の顔を交互に見つめて訝しげにこんなことを言ってきた。 「……あんた、本当にキョン?中身は宇宙人じゃないでしょうね?あたしの知ってるキョンはこんなに気が利かないわよ?」 弱っていても失礼な奴だな、お前は。俺にだってこの程度の気遣いは出来る。 「…ま、昨日は世話になったからな」 実際、熱にうなされ苦しんでる時にハルヒの存在にどれだけ救われたことか。あと、その風邪を移したのはほぼ間違いなく俺だろうしな。 そう思うと俺は何かせずにはいられない気持ちになってしまい、その素直な感謝の気持ちが俺に自分らしくない台詞を口に出させていた。 「何かして欲しいことあるか?宇宙人を連れてこいとかいう難題以外なら、今日は素直に言うことを聞いてやろう」 俺がそう言うとハルヒは黙ってしまった。時計の秒針の音だけがカチカチと部屋に流れる。 そろそろ沈黙が痛くなってきて、俺が自分の台詞を後悔し始めた頃、ハルヒは絞り出すように少し震えた声でお願いを口にした。 「…………手」 「ん?」 「……昨日みたいに手を握りなさい」 「ああ…」 差し出された右手に俺も右手を重ねる。……素面でやると結構恥ずかしいもんだな。 ハルヒの熱が伝わったのだろうか?俺の顔も熱くなってきた。きっとハルヒの手が熱いからだ。うん、そういうことにしておいてくれ。 「……あと、頭撫でなさい」 ……そんなことを命令口調で言っても威厳はないぞ? 「……早くしなさいよ」 恐る恐る手を伸ばし髪に触ると、ハルヒは一度ビクッと強張ったが、その後はおとなしく髪を撫でられていた。 そうしてさわさわと撫で続けていると、ハルヒはくすぐったそうに目を細めていたが、少し無理をして起きていたのか、1分もしない内に眠りの世界へと落ちていった。 どのくらいそうしていただろうか?目の前のハルヒからはスゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてくる。 黙っている時のハルヒは反則的なまでに可愛く、それがまたあどけない寝顔なのだから、じぃっと見ていると妙な気分になってくる。 いかんいかんと頭を振りながらも、俺はどうしてもハルヒの寝顔から目を離せずにいた。 今までこんなに穏やかに、じっくりと、しかも本人の目の前でハルヒについて考えたことはなかった。 だからだろうか?その事実に気が付いてしまい、そして驚くほどすんなりとそれを受け入れることが出来たのは。 俺はなんだかんだでハルヒのことを憎からず思って…いや、むしろ積極的な好意を持っている。 「……そうか、俺はハルヒのこと好きだったんだな」 それを言葉にして口に出してみると、急に落ち着かなくなり恥ずかしさが込み上げてきて、俺はハルヒが起きる前に帰ってしまうことにした。 椅子から立ち上がり鞄を手に取ろうとした時、俺はハルヒの額に浮かんでいる汗の存在に気が付いた。 …クソ、気になっちまった。 ハルヒの穏やかな寝顔に似合わないその汗がどうしても許せず、気が付くと俺は枕元のタオルを手に取っていた。 ハルヒの額の汗を丁寧に拭うと、シミひとつない白い肌が露になる。純粋に綺麗だな…と思っていると、ハルヒは不意に俺の名前を呟いた。 「……ん…キョン…」 「…………」 チュッ …………待て、俺は今何をした? 俺の唇に残るほのかな温もりは間違いなくハルヒのそれであり、ハルヒの額に残る微かな赤みは間違いなく俺が付けたそれだった。 要するにキスだ。キス?額にとはいえ俺がハルヒにキスをしたのか? ぶわっと今度は俺の額に汗が浮かんでいくのを感じる。ハルヒの寝息が聞こえなくなるほど心臓の音は大きくなっていった。 俺の頭に窓から逃げようという意味不明な選択肢が浮かんだ瞬間、ハルヒは静かに目を覚ました。 「……ん」 ゆっくりと、ハルヒの目が開いた。 ヤバイ、怒鳴られる。いや、むしろ殺される。 上がりっぱなしの心臓の回転数は今にも限界値を突破しそうだった。 宇宙人でも未来人でも超能力者でもいい、自業自得なことも分かってる、それでもお願いだ。時間を1分前に戻してくれ! 「……あ…今少し眠ってた?」 …気が付いてないのか? 「…え?あ、そうだな、10分くらいかな?」 …気付かれなかったことにほっとした反面で、少し残念に感じるこれはどういった感情なのだろうか? こちらの動揺をよそにハルヒは俺をじっと見つめ、なにげない一言で止めを刺した。 「今日はありがと、キョン」 「…ッ…」 その素直な感謝の言葉が胸に刺さり、心臓が止まりそうなほどの罪悪感が俺を責める。こんな気持ちになるのなら、いっそのこと気付かれて公開処刑されたほうがまだマシだ。 脳内裁判にて裁判長・長門が俺に有罪を言い渡したところで、目の前に予期せぬ逃げ道が現れた。 「…ふゎ…まだ眠いからもう少し眠るわ」 「あ、あぁ、眠いなら寝たほうがいいぞ、うん。なんせ風邪だからなっ」 自分でも不自然だと思える早口に俺の動揺は更に深刻なものになっていき、それがとんでもなく卑怯な行為だと理解しつつも、俺には真実を語らずに逃げ帰るしか、自らを落ち着かせる術はなかった。 「じゃ、じゃあ、俺は帰るな!また明日っ」 バタン! 転がるようにハルヒの家から出ていくと、外は既に暗くなり空には綺麗な月が浮かんでいる。 ふとハルヒの部屋を見上げると、まだ眠ると言ったはずのハルヒがこちらを見下ろしていた。 何か言っているような気がしたが聞き取れるはずもなく、俺は明日からどんな顔でハルヒに会えばいいんだろう?と思いつつ、逃げるように家路に着いたのだった。 「……どうせなら口にしなさいよ、馬鹿キョン」 End
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3580.html
・涼宮ハルヒの決闘王国 ・涼宮ハルヒの決闘王国2
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1040.html
俺がハルヒの元に戻って数時間。長門の反撃に驚いたのか、敵はめっきり攻撃してこない。 しかし、またいつ襲ってくるかわからないので、俺たちは結局前線基地で銃を構えてぴりぴりしなけりゃならん。 これがゲリラ戦って奴なんだろうな。 ここに戻ってきてからはすっかりハルヒに見張られるようになっちまった。 度重なる命令違反にさすがにぶち切れたらしく、さっきから便所に行くのにもついてこようとしやがる。 せっかく長門に礼を言おうと思っているのに、それも適わん。 「全く少しでも目を離そうとするとどっかに行こうとするんだから。まるで落ち着きのない子供ね」 またオフクロみたいな事をいいやがるハルヒ。 俺は嘆息しながら、仕方なくまた正面の住宅地帯を眺める。古泉のUH-1ミニガンですっかりぼろぼろになった民家を見ると、 ここが本当の戦場なんだろうと思ってしまう。 もうすぐ日が落ちる。辺り一面がオレンジ色に染まりつつあった。あと数時間で2日目も終了だ。 人生の半分以上の情報量がこもっているんじゃないかと思うほどに濃い二日間だったな。 身の回りでこれだけの人が死に、谷口や鶴屋さん、国木田まで命を落とす。 たとえ3日間を乗り切ればすべて元通りといわれても本当かどうかわからないし、実際目の前で死なれて、 ショックを受けない方がどうかしている。こんな現実は二度とゴメンだし、本当の現実にさせるわけにも行かない。 敵はこれからいよいよ本腰をあげて俺たちを叩きにかかるだろう。古泉の予想なら、これからハルヒに 学校への撤退を決断させるような動きを見せるはずだ。今まで以上の凄惨な展開が待っていることになる。 「キョン、ご飯よ。見張り交代してあげるからとっとと食べなさい」 そう言ってハルヒは昼と同じ缶詰を投げてきたので、俺はあわててキャッチする。 って、これだとまるで飼い犬に飯をやっている図みたいではないか。 俺はヘルメットを取って缶詰のブルトップを開けようとしていたが、 「ちょっとキョン、その頬の傷どうしたのよ?」 ハルヒの指摘に俺は頬をなぞる。耳の横あたりをふれたとたん、ピキッと痛みが走った。 ん? ああそういやこんな怪我していたんだっけ。大した怪我じゃない。飛び散ったコンクリートの破片がかすった程度だ。 「ダメよ。ばい菌でも入ったて化膿したらどうするつもり? ほら、拭いてあげるから」 「おい――ちょっとま――うぷぷっ」 俺の意志も無視して、ハルヒはどっかから持ってきていたぬれタオルで強引に俺の顔を拭く。 力任せに拭くもんだからめちゃくちゃ痛い。 「これでよしっと。ちゃんと自分の身体は自分で管理しなさいよ。他のみんなもね。戦闘が始まってからじゃ遅いんだから」 ハルヒの言葉に周りの生徒たちが頷く。なんだかんだで部下思いな奴だ。 と、そこでハルヒに無線が渡された。長門からの連絡らしい。 「有希? あ、さっきの件調べてくれたんだ。ありがと」 ハルヒは長門と無線機越しに会話しながら、またあのメモ帳に名前を書き加え始める。 死んだ生徒と負傷した生徒の確認。指揮官の務めといえばそれまでかもしれないが、 ハルヒなりにけじめをつけているのかもしれないな。 「うんうん……ありがと。じゃあまたね」 そこでハルヒは無線連絡を終了。ぱたむとメモ帳を閉じた。そして、ハルヒは力ないほほえみを浮かべ、 「ついに死者が100人越えちゃった……」 それはあまりに痛々しい表情だった。つい抱きしめてやりたくなるほどに。 俺は何か言ってやりたかったが、どうしても言葉にできなかった。慰めや励ましをしても意味はない。 だったら一体何を言えば良いんだ? 「あと……………………いいんだろ」 ぼそっとハルヒの口から言葉が漏れる。ただ俺は聞き返そうとは思わなかった。 なぜかって? どう見てもただの独り言だし、俺に向けていった言葉ではない。だったらもう一度言わせるなんて野暮だろ。 ハルヒは自分の頭をこづき、 「あーもう、どうしても暗くなっちゃうわね! 何か楽しいことはないかしら! ちょっとキョン。何か漫才しなさい」 「できねえよ、芸人でもないし」 使えない奴ねとハルヒは俺をにらむが、正直このくらい唯我独尊一直線なハルヒの方が見ていて気分が良い。 普段、もっと落ち着けよと散々思っているというのに。 ◇◇◇◇ さて、のんびりモードも終了しハルヒは銃を構えて、周辺の警戒に復帰する。俺もすっかり忘れていたが、 手に持ったままの缶詰を開けてがっつき始めた。まだまだこれからだからな。今の内に腹をふくれさせておこう。 とっとと缶詰を平らげた俺はハルヒの横につき、 「また攻撃を仕掛けてくると思うか?」 「……あたしの予想じゃ、日が落ちるまでは攻撃してこないんじゃないかと思う」 長門の情報改変をしらないハルヒが意外な予想をしてきた。 「何でだよ?」 「バカね。夜になってみなさい。昨日の夜の様子じゃ街灯は点灯するみたいだけど、それでも辺りは真っ暗だわ。 あいつら全身真っ黒だし見えづらいから古泉くんのヘリからの援護も難しくなるし、 夜間にヘリを飛ばしっぱなしってもの危ないし。どっから攻撃されるかわかりにくい上、学校への着陸も難しくなるわ。 ライトか何かで校庭を照らせばいいけど、それじゃ的にしてくれって言っているようなものよ」 なるほど。確かに月明かりと街灯の明かりだけでは、上空の古泉の支援は難しくなるだろう。 そろそろ長門の砲撃の再開も考えなけりゃならん。ただ、あれはヘリと同じほどの切り札だから、 最後の最後まで使い切らないようにしないとな。 だが、敵の動きは予想を完全に裏切った。風を切るような音が聞こえたかと思ったら、強烈な衝撃が 俺たちのいる建物を揺さぶる。天井からバラバラと小さい破片が落下し、あまりの威力に立っていた生徒の数人が床に転がる。 「――みんな無事!? 怪我した人が言ったらすぐに言って!」 ハルヒは真っ先に周りの生徒たちの様子を確認する。幸い負傷者はいなかったようだ。 俺は辺りを見回しながら、 「今のはなんだ? RPGとは威力が桁違いだったぞ」 「そうね……ん! 何か来るわよ!」 ハルヒが正面の住宅地帯を走る道路を指さす。そこには荷台がめらめら燃えたトラックがこちらに向かって―― 俺は理由はわからんが、とっさに何が起ころうとしているのか悟った。きっとテレビのニュースか何かで 見ていた記憶がこんなところで役だったのだろう。 「――特攻だ! 隠れろ!」 俺の声が早いか遅いか。ほぼ同時に炎上トラックが前線基地前で大爆発を起こした。 俺たちのいる建物の一部が倒壊し、破片と砂煙が辺りに蔓延する。 さらに遙か上空まで上がったトラックの破片が次々と俺たちの頭上に降りかかってきた。 そんな中ハルヒは片目だけ開けて微動だにしなかった。あれだけのショックに耐えるなんてとんでもない奴だ。 だが、こいつのとんでもなさはそれどころではない。 「ぎりっぎりだったわね……!」 って、まさか建物にぶつかる前に爆発したのは、お前がやったのか!? どうやって!? 「火を噴いているところに一発お見舞いしただけよ。そしたら爆発したってだけの話! そんなことより、最初の一発目の奴の正体がまだよ! 気を抜かないで!」 ハルヒの言うとおりだ。神業に感心するのは敵を黙らせてからにしよう。 さて、この状況になればいつもの通り、正面の民家から次々と敵が姿を現し始め、こちらに銃撃を開始する。 ワンパターンな奴らだと思いつつ、違うのが一つ。最初の一発目の衝撃の正体だ。 敵弾!という声が響き、俺はあわてて身を隠す。そして、俺たちの隣の建物にそれが直撃して壁の一部を吹き飛ばした。 どっから何を撃ってきやがるんだ!? 俺はとにかく見えない攻撃を放って、窓から顔を出す敵に向けて撃ちまくる。 さすがに敵の動きにも慣れてきたのか、的確に一発一発シェルエット野郎に命中させられるようになっていた。 あまりうれしくない技能取得だが。 とハルヒの元に一人の生徒が駆け寄る。どうやらさっきからの正体不明の攻撃は、 前線基地前方の住宅地帯の路上にいる武装トラックから放たれているものらしい。 はっきりとはしないが、無反動砲のたぐいのようだ。距離が遠い上に周りの攻撃が激しくて、 発射阻止ができない状況に追いやられている。 「古泉くんのヘリを早く呼んで! 上空から片づけるしかないわ――くっ!」 ハルヒが指示を飛ばしている最中にもまた無反動砲による攻撃が続く。 今度は応戦していた3人の生徒の真正面に着弾し、衝撃で彼らが吹っ飛んだのがはっきりと見えた。 近くで難を逃れた生徒たちが、やられたものたちを救出にかかる。 俺はひたすら屋根やら窓から飛び出し続ける敵を撃ち続けた。しかし、いくら命中させても次から次へと飛び出してくる。 当たらないモグラ叩きよりも、終わらないモグラ叩きの方が遙かにたちが悪い。 とようやくここで古泉のUH-1が登場だ。辺りはすでに薄暗くなりつつあるとはいえ、 まだ日が落ちきっていない。今なら無反動砲を備えた武装トラックも視認できるはずだ。 「古泉くん! やっちゃって!」 『任せてください』 ハルヒの指示で古泉は目標の位置を探り始める。だが、しばらくしてから、 『……うまい具合に死角に入り込んでいますね、ただ、攻撃可能な角度もあるようです。回り込んで掃射します』 古泉はそう言うと、ヘリを移動させ始める。 ハルヒはM14で迫ってくる敵をひたすら撃ちながら、 「全く敵の考えがよくわからないわね! 夜になってから攻撃してくると思ったのにさ! 無反動砲なんて持ち出してきたけど、ヘリの餌食になるだけだわ! 相当アホな奴が指揮官やっているんでしょうね!」 ハルヒが怒っているんだか笑っているだか、区別しがたい口調で叫ぶ。だが、俺はその言葉に強烈な違和感を覚えた。 なんだ? 何かが変だ。 俺は古泉のUH-1を見上げる。今、無反動砲トラックを攻撃できるポジションを探して、上空を旋回している。 そもそもどうしてこのタイミングで無反動砲なんていう代物を持ち出してきた? ハルヒの言うとおり、 日が落ちてからやれば効果絶大だ……いや、違う。北山公園の時を思い出せ。敵は軍事的優位を必要としない。 連中の目的は効果的にハルヒに精神的苦痛を与えることだからだ。ならば、今ハルヒ――俺たちにとって、 もっともダメージの大きいことは何だ? 頼りにしている者が倒れることだろう。 なら頼りになる者とは? さっきからの展開を考えれば古泉様々だな。だったら、今古泉のヘリが撃墜されでもしたら、 ハルヒはどれだけのショックを受けるんだ…… 俺はぞっと寒気が全身を駆け抜ける。敵の目的は今もっとも頼りにしている古泉――UH-1をハルヒの目の前で 撃墜することかもしれないんだから! 即座に無線機を奪うように取ると、 「古泉っ! 戻れ! 今すぐ学校に戻るんだ! 早くしろ! それは――」 俺は最後まで言い切れなかった。すでに遅かったからだ。今までとは質の違う発射音が辺りになり響く。 無反動砲トラックがあるだろうと思われた地点から、弾道がしっかりと見えるほどの砲火がヘリに向けられる。 対空砲火だ。今までのRPGやAKでの攻撃とは違う、完全にヘリを落とすための攻撃方法。 「古泉くんっ!」 ハルヒの絶望的な呼びかけもむなしく、UH-1は対空砲を受け続けぼろくずのようになっていった。 俺たちを北山公園に誘い込んだときと同じ手だ。無反動砲を持ち出し、ヘリをおびき出す。 そして、対空砲を用意しておき、のこのこと現れたところを狙って攻撃。くそっ! どうして同じ過ちを繰り返しているんだ俺は! ぼろぼろになりつつもまだ跳び続けているUH-1。そして、こんな状態だというのに古泉からの無線連絡が入る。 『は……はは……してやられましたね……』 「古泉くんっ! 古泉くんっ! 早く逃げて!」 ハルヒの必死の呼びかけ。しかし、古泉には聞こえていないのか、一方的な話し方で続ける。 『後ろの生徒も隣の生徒もみんなやられて……しまいました。僕ももう持たないでしょう……。 ですが、このままでは終わりません……!』 急にUH-1が猛烈な勢いで高度を下げ始める。あいつまさかっ!? 『また……部室で会いましょう……!』 そのまま住宅地帯に墜落した――いや、あえてそこを狙って落ちたのだろう。無反動砲と対空砲があったと思われる場所に。 「古泉っ!」 「古泉くんっ!」 俺とハルヒの呼びかけに古泉は答えることはなかった。あれで生きていられるわけがないだろう。 何がまた部室でだ! 最期まで格好つけやがって! バカ野郎が! 墜落のショックで無反動砲の砲弾が爆発を始めたらしく、轟音が鳴り響く。しかし、俺は耳をふさぐこともなく、 呆然と空を見上げたままだった。いつもスマイルでハルヒのイエスマン。いけ好かないところや、 いまいち信用ならないところもあった。だけど、最近ではSOS団に思い入れのあるようなことを言うようになっていた。 あの古泉が死んだ。そう――死んだ。 俺は呆然としている自分に気がつき、あわてて意識を取り戻す。何をやっているんだ! 古泉が自らの命をかけてまで、 敵を叩いたんだ! それをただ呆然と見ているか!? しっかりしろ俺! はっと俺はハルヒの方に振り返る。あれだけ頼りにしていた古泉の死だ。ハルヒにとっても耐え難いことのはず―― 「…………!」 俺が見たのは、血が流れるほどに強く唇をかみ、必死に叫び声を上げまいと耐えるハルヒだった。 不安定な呼吸からかすかに声も漏れてくる。 俺は意を決して、 「ハルヒ!」 「……何よ!」 「負けねえぞ!」 「当たり前よ!」 ――もう完全に日が落ち、夜が辺りを支配しようとしていた―― ◇◇◇◇ UH-1撃墜からすでに3時間。俺たちはひたすらノンストップ戦闘を続けている。前回までとは違い、 今回の攻撃はやたらとしつこく、叩いても叩いても敵が飛び出し、たまに武装トラックが現れるという繰り返しだ。 古泉の支援がなくなったことも原因だろうが。代わりに北高からの砲撃を再開しているが、 こっちも砲弾の残りが少ないためにちまちま撃つ程度になってしまっているため、効果は薄い。 もう辺りは完全に真っ暗になって、今では街灯と満月の月明かりだけが敵の位置を知らせてくれる。 幸い、シェルエット野郎はどうも薄く発光しているらしく、暗闇の中でも昼間ほどではないが視認することができた。 変なところでサービスしやがるな。 「本当にしつこいわね!」 ハルヒはいったん銃を撃つのをやめると、水筒の水をがぶ飲みし始める。ハルヒが愚痴を言いたくなるもの仕方がない。 何せ、さっきから延々と戦闘が続けられているからな。いい加減うんざりしてくるぜ。 「きっと敵は調子に乗っているのよ。古泉くんのヘリを撃墜してここで一気に決めようとしているんだわ! そうはさせるかってもんよ!」 ハルヒは口をぬぐってから、またM14を片手に敵めがけて撃ち始める。 今の状況は消耗戦だ。敵は無限に出現しやがるが、こっちははっきり言って人員不足がひどくなりつつある。 北高側の稼働を考えると、もう前線基地に持ってこれる生徒はいない。しかし、こっちは延々と撃ち合っている間に、 どんどん負傷者や死者が増える一方。前線基地をこれ以上守るのは不可能な状況になりつつあった。 しかしだ。こうやって敵の目的がハルヒに学校までの撤退を決断させる状況に追い込むことなのは俺でもわかる。 わざわざ奴らの目的通りに動くなんてあまりに腹立たしい。何とか出し抜いてやりたいが…… と、ここでハルヒに無線機が渡される。長門からの連絡らしい。ハルヒは物陰に入り、 「有希、またこっちに補給は送れる? え、人員は良いわ。これ以上、そっちは減らせないし、 こっちだけで何とかやりくりするつもりよ。大丈夫だって。何が何でも守りきってみせるから」 こっちには長門の声は聞こえないが、どうやら弾薬の補給を要請しているらしい。 しばらくそんな会話が続いたが、やがて、 「ありがと。じゃあね、有希」 そう言ってハルヒは連絡を終了する。ただ――最後のじゃあねはなんだか聞いていて辛くなるような口調だった。 が、ハルヒは俺の方に無線機を向け、 「キョン、有希やみくるちゃんに言いたいことがあるならいっときなさい。今の内にね」 「…………」 俺は無線機を受け取り、敵から見えないように物陰に引っ込む。代わりにハルヒがM14を持って銃撃を再開した。 『聞こえる?』 「ああ」 長門からの声。なんだかすごく懐かしい気分になった。さっきから銃声音しか聞いていなかったからだろうか。 「そっちの様子はどうだ? 今の展開じゃ、北高側への攻撃が始まってもおかしくないけどな」 『大体の状況は把握している。古泉一樹のことも』 「そうか……」 俺はまた脳裏にUH-1が撃墜された光景がフラッシュバックする。ぼろくずのようにされて地面に落下していく姿。 そして、古泉の最期の台詞。思い出したくもないのに。 しばらく、沈黙してしまった俺だったが、長門はその空気を読んだのか、 『あなたの責任ではない』 めずらしく慰めの言葉をかけてきた。が、続けて、 『事実。この疑似閉鎖空間を構築した者たちに逆らうことは不可能に近い。想定外の行動で攪乱するだけでも上出来。 彼らは私たちを好きなときに消すことができる。例え、古泉一樹抹殺のための罠だと気づいても、別の方法が実行されただけ』 「……そうかい」 長門なりの励ましなのかもしれないが、あっさりと敵の罠にかかったショックは大きい。 そして、俺たちがいくら努力しても所詮は、創造主様の手のひらで踊っているにすぎないって言う事実もそれに拍車をかける。 しかし、敵の襲撃を受けている中でいちいち落ち込んでいる場合でもない。 「こっちは、恐らくそろそろ北高に戻ることになりそうだ。敵の思惑通りといったところで腹が立つが、仕方がない。 それからが勝負――」 『涼宮ハルヒが前線基地を放棄して、北高に撤退することはあり得ない』 何? それはどういう意味だ? 『先ほど話したことで確信を得た。涼宮ハルヒは北高へ撤退しない。一人になってもそこから動かない。 生命活動が停止するまでそこで抵抗を続ける』 俺はハルヒの方に視線だけ向ける。必死な表情で一目散に敵めがけて撃ちまっているこいつの姿は―― 『限界が近い。このままでは3日という期限前に、これを仕組んだ者の目的が達成される』 「目的だと? それはどういう――」 『待って』 俺の質問を遮り、突然長門の声が遠ざかった。一瞬、ついに北高への攻撃が始まったのかとどきっとしたが、 無線機からかすかに流れてくる長門と喜緑さんの声を拾う限り、そうでもなさそうだった。 やがて、長門がまた戻ってきて、 『聞こえる?』 「ああ、聞こえるぞ」 『今、情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』 「は?」 『情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』 長門は淡々と語っているが、それって実はとんでもないことなんじゃないか? 『正確に言うと、この空間に置ける――CREATEの実行権限を私の制御下に置いた。 UPDATEとDELETEはまだ不可。時間はかかるが、順次こちらの制御下に置くようにする。 淡々と語るのは良いが、具体的に何ができるようになって何ができないのかを教えてくれ。 『現在、私はこの世界の物質を構築することができる。そして、仕組んだ者はそれができない。 だから、これ以上あなたたちの生命活動を停止させるべく作り出されている敵性戦闘物体はこれ以上増えない』 俺は一気に歓喜の声を上げようとしてしまうが、ぎりぎりで飲み込む。ハルヒに気がつかれるとまずいしな。 さらに長門は続ける。 『ただし、現在この世界にすでに存在しているものに対し、改変・消去は不可。その権限は持っていない』 「ようは、今俺たちに襲って来ている連中はそのままだが、これ以上増えることはないって事なんだな」 『そう。しかし、それを見越していたのか、この世界に置ける敵性戦闘物体の総数はかなり多く構築されている。 そこから数キロ北方には、前線基地周辺にいる以上の戦闘能力を備えたものがすでに配備されていた。 これらが南下を開始した時点でこちら側に勝ち目はない。現状に置いて圧倒的不利は変わっていない』 「……手放しには喜べないって事か。おっと!」 また武装トラックが出現して、12.7mm機関銃の乱射が開始された。ハルヒが口からつばを飛ばして反撃の指示を出している。 『だから、CREATE権限を最大に利用して、敵性戦闘物体への反撃を行いたいと考えている。 短時間かつ広範囲に対してダメージを行う方法を採用するつもり』 「具体的に何をする気なんだ?」 俺の問いかけに、長門はしばし考えるように沈黙して、 『航空機による空爆を実施する』 ◇◇◇◇ 思わずくらっと来たね。まさか、長門から空爆なんて言う地球人類的な発言が出るとは思っていなかったがとか そんなことはどうでもよくて、敵が一網打尽にできるなら反対する理由なんてどこにもない。 俺は長門との無線連絡を終了すると、ハルヒの元に行き、 「おいハルヒ。長門からの報告だ。すごい攻撃方法を実行するって言っていたぞ!」 「すごいって何よ!?」 「空爆だとよ!」 「すごいじゃない! 何でも良いから早くやっちゃって!」 ハルヒは俺の言ったことを理解しているのしていないのか、もはや何で今頃なんて考える余裕すらないのか。 まあ、深く考えてくれない方がこっちとしても好都合だ。 だが、ここに来て敵の攻撃が苛烈さを極めてきた。どうやら、これ以上、シェルエット野郎を増産できないことに 感づいたらしい。残っている戦力だけでこっちをつぶしにかかってきたみたいだな。 「キョン! 撃ちまくって敵を後退させるのよ!」 「言われんでもわかっているさ!」 とにかく動いているものにめがけて撃つ。俺はそれだけを考えて引き金を引きまくった。 だが、敵も必死なのか今まで以上の命中精度で俺たちに銃撃を加え始めた。あっちこっちで銃撃を受けた生徒たちの悲鳴が上がる。 ハルヒもだんだん焦りだして、 「有希の言う空爆ってまだなの!?」 「もう少しだろ! 今はあいつを信じて待つしかない!」 そう俺が怒鳴り返したときだった。何かのエンジン音みたいなものが銃声音の隙間から聞こえてくることに気がつく。 雲一つない満月の夜空を見上げると、飛行機が2機俺たちの頭上を飛んでいるのが目に入った。 満月とはいえ、さすがに夜ではシェルエットしか確認できないが、テレビとかでよく見る戦闘機に比べて、 主翼が直線にのびる翼で、尾翼の前にターボエンジンぽいものが2つ乗っかるようにある。なんだありゃ。 地球的デザイン+宇宙人的センスが混じったような変な機体だ。いや、でも今俺があれを見てなんなのか理解できないって事は、 敵が俺の頭の中にねじ込んだ知識の中にはないって事、つまり想定外のものが出現したって事だ。ざまあみやがれ。 しばらくその変な飛行機は俺たちの上空を飛び回っていたが、いっこうに攻撃を開始しようとはしない。 と、長門からの連絡が俺に入る。 『予定通り攻撃機の構築は完了した。しかし、問題が発生している』 「どうしたんだ?」 『あなたと涼宮ハルヒのいる位置と敵のいる位置の境界線が不明。このままではあなたたちを誤射する危険がある』 そりゃ勘弁してほしいね。ここまで来て味方に吹っ飛ばされたら無念どころではすまないだろうからな。 『正確に言えば、あなたと涼宮ハルヒの位置は完全に確認している。この世界を構築した者の視認モードでは 涼宮ハルヒ本人とそれに関わりのある人間はどこでも捕捉できるようにされていた』 なるほどな。だから、ハルヒも俺も今までろくな怪我もせずにいたってわけか。意図的に俺たちから狙いを外して。 そして、逆に殺害の時間が来たらきっちり確実に仕留めると。 『だから、あなたたちを誤って攻撃する可能性はない。しかし、その他の生徒たちは敵性戦闘物体と 認識レベルが同等になっている。今の情報制御状態では、それを判別することはできない。 地図から入手している情報で誤射の確率は限りなく低いが、ゼロにはならない状態』 「誤射する可能性はどのくらいあるんだ?」 長門は考えているのかしばらく沈黙した後、 『3%以下』 「……そうか。ならやめておいたほうがいいな」 『やめてたほうがいい』 俺はしばし考える。たかが3%とはいえ、それが見事的中してしまえばしゃれにならない事態だ。 ハルヒにかける精神的負担も今までの比ではない。わざわざ敵の目的に荷担するようなものである。 「まだ時間があるが、日が昇るまで待つってのはどうだ? それなら確認もしやすくなるはずだ」 『無理。敵性戦闘物体は攻勢を強めている。今のままではあなたたちは朝まで持たない。確実に全滅する』 長門の言葉を証明するように俺の近くにいた生徒が銃撃を受けて倒れる。一体この数時間でどれだけの生徒がやられた? ひょっとしたらもう俺とハルヒぐらいしかいないんじゃないか。どのみち、このままでは持たないのは確実だろう。 ならばどうにかして長門に攻撃位置を知らせる必要があるが、激戦状態の前線基地に来させるわけにもいかない。 「……待てよ。俺とハルヒの位置は確実に特定できるんだよな」 『そう』 俺はぴんと来て、長門に作戦の概要を説明する。長門は少し考えるように黙った後、 『わかった。あなたに任せる』 そう了承した。さてと、問題はハルヒだな。 「おいハルヒ」 「有希は何か言っていたの!? はやく、空爆でも何でも良いからやってくれないとこっちが持たないわ!」 M14をひたすら撃ちまくりながらハルヒ。俺はとりあえず長門が攻撃できない理由を端的に説明してやる。 ハルヒは眉をひそめて、 「それじゃ仕方ないわね。あーうまくいかないもんだわ! また別の手を考えないと!」 「そこで一つ提案があるんだが」 「何よ?」 ハルヒが疑惑の目を向ける。今までハルヒ総大将の意向を無視してやりたい放題だったおかげで すっかり警戒されちまっているな。 「俺が敵の位置を知らせるために、敵の居場所につっこむ。そこで銃を上空に向けて長門に位置を知らせる。 そして、俺が戻った後に長門がそこにめがけて攻撃するってわけだ」 「ダメよ! ダメに決まっているじゃない!」 やっぱり反対しやがった。 「どーしてもそれしかないってなら、あたしが行くわ! それならいいけど!」 俺はいきり立って眉毛をつり上げるハルヒの頬をそっとなでてやると、 「お前は総大将だろう? ここにいて他の連中を守ってやる義務がある。こういう突撃役は俺みたいな下っ端の仕事さ。 心配すんなって。死ぬつもりはねぇよ。お前の援護次第だがな」 俺の言葉にハルヒは口をへの字に曲げて抗議の表情を見せていたが、 「わ、わかったわよ……! 任せるからしっかりやりなさい! こっちもしっかり援護するから!」 なんだかんだで了承するハルヒだ。他に方法がないことを理解しているのだろう。 俺は無線機を背中に背負う。目的地に到着次第、長門に連絡しないとならないからな。 「ハルヒ! こっちはいつでもいいぞ!」 「わかったわ! いいみんな! 合図とともに一斉射撃よ。とはいってもでたらめに狙っても意味がないわ! 屋根の上とか窓とかにいる敵を確実に仕留めなさい! いいわね!」 了解!と周りの生徒たちが返事する。頼もしいぜ。 「行くわよ――キョン行って!」 ハルヒとその他生徒たちが一斉に前面の民家に向けて射撃を開始する。窓やら屋根やらにいたシェルエット野郎が 次々に飛散していった。それを確認すると俺は前線基地の建物から飛び出し、前方の住宅地帯に飛び込む。 俺は叫びながらひたすら路地を突っ走った。とにかく、敵の注意をこっちに引きつけなけりゃならん。 そうすりゃ長門の空爆もやりやすくなるってもんだ。 そこら中から放たれる銃弾を奇跡的にもかわし続け、俺は住宅地帯の真ん中あたりに到着し、 適当な民家の中に飛び込む。どたどたと中にいた敵が驚いて撃ちまくってくるが、俺は的確にそいつらを仕留める。 やれやれ、ずいぶん射撃もうまくなっち待ったもんだ。 俺は敵がいなくなったのを確認すると無線機を取り、 「おい長門! 目的についたぞ。俺の位置は把握できているか?」 『問題ない。はっきりと確認できている』 「よかった。じゃあ、ハルヒのいる位置と俺のいる位置がわかるな? そこが味方のいる位置で、 俺が敵のいる位置だ――と!」 また一人のシェルエット野郎が民家に乗り込んできたので射殺する。長居はまずい。 「ハルヒのいる位置から俺のいる位置の間は攻撃するな。敵はいるが味方に近すぎで誤射の可能性がある。 俺よりも北側ならどれだけ攻撃しても良い。派手にやってくれ!」 『わかった。即刻そこから涼宮ハルヒのいる位置まで戻って』 「言われんでもわかっているさ!」 俺は無線を終了させると、外に飛び出そうとするが―― 「うわっ!」 俺は悲鳴を上げて、民家の中に逃げ戻った。何せ民家の窓、路地の陰から俺にAKを構えているシェルエット野郎が 見えたからだ。それも数十人規模で。ほどなくして、俺にめがけて乱射が開始される。 必死に頭を抱えて室内の壁に身を寄せて、銃撃に耐えるもののこのままじゃいずれ民家内に侵入される! 「どっちみちかわらねぇなら……!」 俺は無線を取り、 「長門! 俺の位置ははっきりとわかっているんだな!?」 『わかっている。だから早く逃げて』 「すまんが、今のままじゃ逃げられそうにねぇな。だから、俺に構わず撃て。といっても俺に当たらないようにな!」 『……危険すぎる。できない』 「いいからやれ! このままじゃやられるだけだ!」 『…………』 「おまえならできるさ。十分信頼できると思っている。だからやってくれ」 長門はしばらく黙っていたが、やがて絞り出すような声で、 『わかった。今から空爆を実施する』 「ああ、悪いな」 『有希、待ちなさい!』 突然割り込んできたのはハルヒの声だ。こいつ、盗み聞きしてやがったな・ 『やめて有希! キョンが……キョンが死んじゃう!』 『大丈夫。当たらない。絶対に当てない』 『無理よ! こんな乱戦じゃ!』 「ハルヒ!」 俺の一喝でハルヒの叫び声が止まる。 「……長門を信じてやれ」 そう言ったが、ハルヒはこれ以上何も言ってこなかった。俺はそれを了承と受け取ると、 「長門、頼む」 『了解』 長門からの返事とともに敵からの銃撃がやんだ。そして、一瞬辺りが静まりかえったと思いきや、 突然、耳をえぐるようなブオオオオという回転音ようなものが響く。 「――うおぁ!?」 情けない声を上げてしまったが勘弁してくれ。何せ窓から見えていた隣の民家が根こそぎ吹っ飛ばされたんだからな。 爆弾じゃないぞ。何だ今のは!? 疑問に思っている暇もなく、また同じ轟音が響き今度は別の民家が消し飛んだ。あれに当たったら12.7mmどころじゃない。 跡形もなく消し飛ぶぞ! しばらく長門の空爆らしき攻撃が続いたが、 『あなたの周辺の敵は一掃した。今の内に前線基地まで戻って』 「助かった。ありがとうな!」 俺は長門に礼を言うと民家から飛び出して、 ――愕然とした。何せ俺のいた民家の周りの家がことごとく木っ端みじんに粉砕されているからだ。 長門の奴、なんて容赦のないものを持ち出してくるんだ。 しかし、それでも敵はしつこい。がれきになった民家の陰からしつこく銃撃を加えてきやがる。 俺はそれに撃ち返しつつ、前線基地に走り出す。見れば、また俺の頭上を1機のあの奇妙な飛行機が飛んでいった。 そして、息も切れ切れになりながら、ハルヒのいる建物に飛び込む。 そのまま大の字で仰向けに酸素補給活動をしていたが、隣にハルヒが立っているのに気がついた。 ああ、あの眉間のしわ寄せ具合を見ればどれだけ頭に来ているのか、すぐわかるな。 「この――バカ!」 ハルヒの罵倒がなぜか心地よかった。 ◇◇◇◇ さて、帰ってきたとはいえまだまだ戦闘は継続中だ。前線基地周辺にいる敵は長門の空爆対象外だからな。 こっちでつぶさなきゃならん。ちなみに空を飛ぶ攻撃機はしばらくガトリング砲らしきものを撃ちまくっていたが、 続けてミサイルやら爆弾の投下が開始された。 「その調子よ、有希! 徹底的にやっちゃって!」 『了解。しかし、補給が必要。攻撃機の入れ替えを行う』 さすがに弾切れを起こしたのか、2機の攻撃機があさって方向に飛び去っていった――と思ったら、 今度は8機出現だ! 長門の奴、本気で容赦する気ねぇな。 『敵の新手が何かしてそちらに向かっているのを確認した。これから攻撃機の半数はそちらの迎撃に向かう』 「新手!? 今度はいったい何なのよ!」 『……確認した。T-72戦車数十両』 長門の報告に顔を見合わせるハルヒと俺。やつら、切り札を残してやがったな。 「冗談じゃねえぞ。そんなもんがここに来られたら対抗手段がねえ」 『任せて、あなたたちのところへは一両も到達させないから』 長門航空部隊の半数が北上し、ミサイルなどで敵の戦車部隊がいると思われる場所へ攻撃を開始した。 しかし、敵も猛烈な対空砲火で応戦を開始する。攻撃機と戦車のガチンコ勝負だ。身近でみたいとは思わないが、 かなり痛快なシチュエーションだろう。 「ちょっと有希大丈夫なの!? あんなに攻撃を受けたら撃ち落とされるんじゃ――」 『大丈夫。この機体は数十発程度の被弾では落ちない』 長門、おまえ一体何を持ち出してきたんだ? とにかく、そっちは任せるぞ。 俺たちはしつこく迫るシェルエット野郎に応戦を続ける。しかし、こっちの負傷者増大でもはや限界だ。 長門の空爆で敵の戦力は格段に落ちたが、それでもまだ向こうの方が有利だ。 増援がほしいがこれ以上は無理と来ている。 「ハルヒ! もう持たないぞ! どうするんだ!?」 「…………」 ハルヒはあからさまに苦悩の表情を浮かべて迷っていた。学校まで戻るか、それともここで徹底抗戦か。 前者ならもう少し粘れるかもしれないが、学校への直接攻撃を許すことになる。 おまけにここにいる負傷者を回収するのは無理だ。置き去りにするしかなくなる。しかし、後者ではもう持たないのだ。 と、そこでまた長門からの連絡が入る。 『そちらに新しい戦力を送った。3人ほど。操縦が可能な車両も供与してある』 3人? 何でそんな中途半端な増援なんだ? しばらくすると猛スピードでジープぽい車両が俺たちの前に現れた。そして、その座席から現れたのは、 「森さん? それに新川さんも」 ハルヒが素っ頓狂な声を上げる。そう現れたのは古泉と同じ「機関」なる組織にいる二人だ。 どうしてこんなところにいるんだ? そんな俺の疑問にも答えず、迷彩服に身を包んだ森さんは、 「救援としてやって参りました。古泉のことは聞いています。彼の代わりとしてあなたたちを援護します」 「短い付き合いになりますでしょうが、できるだけの事はしますので。指示をお願いできますかな」 新川さんも同調する。いや、もう何でとかはどうでもいい。長門が何とかしたんだろということにしておこう。 とにかく、今は乗り切る方が最優先だ。ハルヒも特に深く追求するつもりはないらしく、 森さん新川さんにせっせと指示を出している。ところで、やってきた車両の銃座で12.7mm機関銃を撃ちまくっているのは誰だ? どうも女性らしいその人はさっきからハルヒの方をしきりに気にしつつ、近くにいなくなったことを確認してから 俺の方に手を振った――って、朝比奈さん(大)かあれ! 「キョンくん、こんにちわ」 くいっとヘルメットを持ち上げて見せたその顔は間違いなく朝比奈さん(大)だった。 あの長い髪の毛をヘルメットの中にしまっているらしく、全然気がつかなかった。 「驚きました。だって、全然こんなことをやった覚えがないんですから」 「……どうやって、ここに来たんですか?」 「それは禁則事項です」 とまあいつもの秘密主義者ぷりを発揮すると、また12.7mmを撃ちまくり始める。全く何がどうやっているのやら。 北方での長門航空部隊と敵戦車部隊の死闘はさらに激しさを増しているらしい。 いつのまにやら10機以上に増大した攻撃機が爆撃を続けている。 一方の俺たちは、何とか3人の増援を手にしたおかげで少しばかり――どころか圧倒的に状況が改善した。 特に森さんと新川さんがすごい。どこかで特別な訓練でも受けているのか、狙った獲物ははずさないモードだ。 次々と敵を打ち倒していくんで俺のやることがなくなったほどだ。ちなみに朝比奈さん(大)は とにかく12.7mmを撃ちまくっているんだが、いっこうに敵に命中しないのはらしいと言ってしまって良いのかな? それから数時間、激闘が続く。眠気すら起きず、汗もだくだくで俺はひたすら撃ちまくった。 ハルヒも森さん、新川さん、朝比奈さん(大)、そしてその他の生徒たちも。 そして、もうすぐ日が上がろうと空が黒から青に変わろうとしていたとき、 『敵性戦闘物体の完全消滅を確認。同時にこちらはUPDATEとDELETE権限を確保した。 もう攻撃してくるものは存在しない』 長門から入った連絡。それを聞いたとたん、俺は力が抜けて座り込んでしまった。終わりか。やっと終わりなんだな。 ハルヒもM14をほっぽり出して、地面に大の字になる。他の生徒たちもがっくりと力尽きたように座り込み始めた 「キョン、ねえキョン」 「何だ?」 「……終わったのよね」 「ああ、もう終わりだ」 「そう……」 ハルヒは呆然言った。なんてこった。何かをやり遂げた後は大抵爽快感とか達成感とかが生まれるもんだと思っていたのに、 今の俺たちにはただ終わったという感想しか生まれてこなかった。ただ――虚しいだけだった。 ◇◇◇◇ 学校が見える。何かやたらと懐かしく見える北高の見慣れた校門だ。 俺たちは前線基地からようやく学校に戻って来れた。何せ、負傷者やらなんやらを担いでの移動だ。 さすがに時間がかかる。おっと、トラックを使わなかったのは、全員歩きたかった気分だからだ。特に深い理由はない。 そして、そんなぼろぼろな俺たちを校門で迎えてくれたのは―― 「キョンくーん!」 真っ先に俺に抱きついてきたのは朝比奈さん(小)だ。俺に抱きついて泣きじゃくり始める。 「ふえっ……よかったです。古泉くんまで……死んじゃってキョンくんまで……ふえええ」 「何とか乗り切れましたよ。朝比奈さん」 俺がいくら言葉をかけてもひたすら泣き続ける朝比奈さんだった。 ふと、長門と喜緑さんがいることに気がつく。 「よう長門。助かってぜ。ありがとな」 「……そう」 相変わらずリアクションの少ない奴だな。 「ところでだ。森さんや新川さんとあ――は何で突然この世界に出現したんだ? って、あの3人もういねえし!」 振り返ってみれば、森さん、新川さん、朝比奈さん(大)の姿が完全になくなっていた。 まさか、あれは全部俺の妄想とかいうオチじゃないよな? 「あの3人は、この世界に入ろうと試みていた。だから、私が招き入れた。絶対的な人員不足を解消するためには、 少しでも人手が必要だったから」 長門の淡々とした説明を聞く。全く風のように現れて、あっという間に去っていったな。昔のヒーロー番組かよ。 ま、おかげで乗り切れたからいいけどな。 代わりに目に入ったのは、ふらふらと力なく歩く一人の人間――涼宮ハルヒだった。あの威勢のいい早歩きの面影もなく、 まるで水も食料もなく沙漠をさまよってはや数日な状態の歩き方だ。 「おいハルヒ。どこにいくんだよ」 「……ゴメン。一人にさせて」 それだけ言うと、ハルヒは校庭の方に去っていってしまった。精神的負担は想像以上なのかもしれない。 その背中は真っ白になって力尽きてしまっている。大丈夫なのか? 「この空間から元の世界に帰還できるまでしばらく時間がかかる。今は負傷者の手当を優先すべき」 長門の言葉に俺はうなずく。ハルヒのことも心配だが、今はけが人からなんとかしなきゃな。 ◇◇◇◇ 「飲んで」 俺は長門から差し出されたペットボトルの水を飲みほす。 すっかり日が高くなり大体負傷者の手当も終わった。死者117名、負傷者75名。 これが俺たちが出した最終的な犠牲者の統計だ。ようやくこれ以上数えなくて良くなったことはうれしいが、 これだけの生徒たちが傷ついたんだから、手放しで喜べるわけもなかった。 校庭に降りる階段に座り込んでいる俺の隣では朝比奈さんがすーすー寝息を立てている。 何でもこの異常な世界に放り込まれてから、一睡もしていなかったらしい。 この狂気の世界じゃ眠る気にもなれなかったのだろう。 「で、いつになったら俺たちは元の世界に戻れるんだ?」 俺の質問に長門は、 「もうすぐ。この世界との情報連結状態の解除が完了する。第1段階として、涼宮ハルヒたちに関わりの薄い生徒たちから 元の世界に帰還することになる」 そう言いながら長門も俺の隣――朝比奈さんの反対側に座り込んだ。そして、続ける。 「それが完了次第、次に私たちが帰還を開始する。現在のところ問題ない」 「……犠牲になった生徒たちは?」 「問題ない。生命活動が停止した時点で元の世界へ帰還されていた。この世界で起こったことの記憶をすべて消去した上で」 「そうかい」 俺はすっと空を見上げた。雲一つない快晴だ。この世界で唯一まともだったのはこの青空ぐらいだったな。 「結局、こんなばかげたことをしでかした奴の目的は何だったんだ?」 「はっきりとは不明。ただ、当初予想していたように涼宮ハルヒに対して精神的負荷をかけることが目的だったのは確実」 「やっぱりそうなんだろうな」 「相手のシナリオはこう。1日目は涼宮ハルヒに近い人間には手を出さず、関わりの薄い人間への攻撃を強める。 2日目午前、いったん危機的状態に追い込む。この時点で近い人間を殺害する」 「そりゃ鶴屋さんのことか? しかし、実際には鶴屋さんはハルヒの命令を無視して戦死してしまったけどな」 「そう。そのためある程度の軌道修正を加えたと思われる。だから、2日目午前の攻撃は規模が大きくなかった。 そして、午後あなたの生命活動を停止させない程度の負傷を追わせた後、古泉一樹を殺害する」 「……前線基地の最西端に俺が移動したのも敵の思惑通りだったてのか。全く陰険な連中だぜ。 んで、古泉は予定通りヘリごと撃ち落としたと。まるで敵の手のひらで踊っていただけじゃねえか」 長門は少しだけ首を傾けて、 「仕方がない。主導権のすべてを握られていた。抗うことはまず不可能。その後、3日目朝にあなたたちを学校まで撤退させてから 戦車部隊で攻撃開始。そこで、朝比奈みくるとわたしが生命活動停止状態になる。 あとは、期限直前にあなたを殺害し、残るのは涼宮ハルヒ一人だけになるはずだった」 後半はほとんど敵のシナリオ通りにならなかったな。長門が超パワー発動で戦車を片っ端から撃破してくれたし、 俺たちも森さん、新川さんの活躍で――ああ、朝比奈さん(大)もな――敵を打ち負かせた。 「長門さんが情報操作能力を取り戻すことは明らかに想定していなかったんですね」 背後から聞こえてきたのは喜緑さんの声だ。長門は彼女に振り返ろうともせず、 「感謝している。一人では不可能だった」 「いえ、お互い様です」 礼を言いながら決して顔を合わせないところを見ると、どうもこの二人には決定的な溝があるらしい。 今回の一件では共同戦線を取ったが、あくまでも利害が一致したという理由から何だろうな。 今後二人が衝突なんて言う事態にはなってほしくないんだが。 と、喜緑さんが俺の前に立ち、 「そろそろ時間のようです」 そう言って校庭で疲れ切って寝そべっている生徒たちを指さした。彼らはまるで原子分解されるかのごとく、 霧状に身体が飛散し始める。 「帰還の第1段階が始まった。これが終了次第、わたしたちが続くはず」 「はず?」 長門の言葉に違和感を覚えた。まるでそうならない可能性が存在しているみたいじゃないか。 そんな頭の上にはてなマークが浮かぶ俺に、喜緑さんはいつものにこにこ顔で、 「最後に一つだけ問題が出ているんです。それはひょっとしたらこの世界を構築した者の目的が達成しているという可能性です」 「んなバカな。長門や喜緑さんのおかげで敵のシナリオは完全に狂ったんだろ? さぞかし、敵もあわてただろうよ。 目的が何だったか知らんが、これじゃ完全にご破算に決まっているじゃないか」 俺が抗議の声を上げると、今度は長門が立ち上がりながら、 「この世界から【彼ら】が去ったときに少しだけ意志を感じ取れた。間違いなく【彼ら】は目的達成を確信している」 「負け惜しみか、ただの強がりなんじゃねえか?」 俺の反論に喜緑さんは首を振りながら、 「今、帰還の第1段階が終わりました。続いて第2段階に入ります。ですが」 「わたしたちは帰還プロセスが開始されているが、あなたには適用されていない」 はっと気がついた。今、長門と喜緑さん、そして隣で寝息を立てている朝比奈さんは、 先ほどと同じように身体が霧状に飛散し始めていた。だが、俺の身体には全く変化がない。これはまさか…… 「今、この世界の制御権限はわたしにはない。別の人間によって完全に制御下に置かれている」 その長門の説明で俺は確信を持った。ハルヒだ。あいつが何かしでかしている。この後の及んで何を考えてやがるんだ―― 「――そうか。そういうことか」 俺は唐突に理解した。こんな最悪な世界を作り俺たちを放り込んだ連中の目的をだ。どこまでも陰険な奴らなんだよ……! 「あなたに賭ける」 ちりちりと消えつつある長門はいつぞやと同じ事を言った。あの時は何の事やらさっぱりだったが、今ではわかる。 やらなきゃならんことをな。そして、それは俺の意志でもあるんだ。 俺は隣で眠っている朝比奈さんを抱えると、長門に預け、 「朝比奈さんを頼む。それから元の世界に戻る過程で俺たちの記憶も消去されるんだろ?」 俺の問いかけに長門はこくりとうなずく。 「それはありがたいね。こんなばかげた記憶なんて頼んででも消してもらいたいぐらいだったし。 あと、長門自身の記憶も消去されるのか?」 「する。ただし、帰還後に何らかの形で情報統合思念体よりここであったことの情報共有が行われる可能性がある。 それをわたしが拒否する権限はない」 「拒否しちまえよ。何よりもお前の意志を最優先に考えればいいさ」 「…………」 長門は何も答えない。そんなに単純な話じゃないんだろうな。だが、聞きたくないことに対して耳をふさぐぐらいの権利は 認めてもらって当然だと思うぜ? ああ、それから、 「あと、万一元の世界に戻っても俺が違和感とか記憶の断片とかが残っていて、長門に何があったとか聞いていたら、 教えないでくれないか? ここの事を知って入ればの話だけどな。ま、俺がそう言っていたと言ったら、 そのときの俺も納得するだろ。こんなことは中途半端に知ってもつらくなるだけだからな」 「わかった。そうする」 もう長門の身体は完全に消えようとしていた。そして、最後にかけられた言葉。 「また部室で」 それだけ告げると、長門、朝比奈さん、喜緑さんは消滅した。 全く、鶴屋さんはまた学校で。古泉はまた部室で。長門もまた部室で、か。 俺は辺りを軽く見回して見たが、他には誰もいなかった。今この世界にいるのは俺と―― 「ハルヒだけか。とりあえず、あいつを捜すとするかな」 ◇◇◇◇ 「ハルヒ」 学校の屋上で呆然と立ちつくすハルヒを発見できたのは、学校探索を開始してから数十分後。 全く滅多に来ないような場所にいるもんだから見つけるのに時間がかかっちまった。 俺の呼びかけにもハルヒは答えようともせず、こちらに背を向けてただ学校周辺を見ていた。 とにかく、こっちから近づくしかないな。 「なにやってんだよ」 俺はハルヒの横に立つ。だが、ハルヒは顔を背けてしまった。屋上をなでる風が髪の毛を揺らした。 しばらく、そのまま時間が過ぎた。ハルヒはたまにしゃくりあげるように肩を動かしていたが、 決してこちらに顔を向けようとはしない。俺は嘆息して、 「なあハルヒ。辛いことはたくさんあっとは思うが、もう終わったんだ。これ以上ここにいたって意味ないだろ? とっとと元の世界に帰ってまたSOS団で楽しく――」 俺が口を止めたのは、唐突にハルヒがこちらに顔を向けたからだ。それは――なんというか―― ……なんてツラしてやがるんだ…… 絶句するしかなかった。ハルヒのこんな表情なんて見たこともなかった。言語なんぞで表現できるわけもない。 それほどまでに絶望的に染まった顔だった。 くそっ……忌々しい。ああ忌々しいさ! こんなばかげた舞台を作り上げた奴らが勝利を確信するわけだ。 ハルヒのこんな顔を見れば誰だってそう思うさ。なんて事しやがったんだ! ハルヒはしきりに俺に向かって何かを言おうとしているようだった。しかし、言葉にならないのか、 何かの思いが口の動きを阻害しているのか、口を動かそうとしてはまた手で押さえるという動作を繰り返した。 そして、ようやく口にできた言葉は、 「……自分が許せない……」 無理やりのどからひねり出した声。あまりに痛々しいそれは聞くだけでも苦痛を感じるほどだ。 だが、一つ言葉をはき出せたせいか、次々と口から声がこぼれ始める。 「死者117人。負傷者76人。これだけ犠牲を出しておきながらあたしは傷一つ負っていないなんて! あたしは何で無傷なのよ……」 ハルヒが背負ったのはSOS団のメンバーだけじゃない。クラスメイトの生徒どころか、この世界に放り込まれるまで 名前も顔も知らない生徒の命まで背負っていた。俺たちみたいに頭の中をいじくりまわされていたならさておき、 素のままだったハルヒが背負った重圧はどれほどのものだったのか。想像することすら適わない。 「最初はみんなを守れるって思っていた! でも途中から守りたいになって――そのうちできないんじゃないかとか、 何でこんな事やっているんだろうとか、最後には自分がバカみたいになってきて……!」 ハルヒの独白に俺はただ黙って聞いていることしかできなかった。 「これだけの犠牲を出しておいて、元の世界に戻った後にどんな顔をしてみんなに会えばいいのよ! できるわけないじゃない! あれだけ――あれだけ信頼してくれていたのにあたしは……あたしは!」 「ハルヒ」 とっさに錯乱寸前のハルヒを抱きしめた。それはもう強く強くだ。 俺自身も耐えられなかった。こんなに苦しむハルヒを見続けたくなかった。 抱きしめてもハルヒは全く抵抗もしなかった。ただ俺に身を預けてしゃくり上げ続けている。 俺は落ち着かせるようにハルヒの背中をさすりながら、 「もういい。もういいんだ。終わったんだよ。全部終わりだ。こんな悪夢を見続ける必要なんてない。 いい加減、俺も疲れたしお前も疲れただろ? そろそろ目を覚まそうぜ。起きれば、また何もかも元通りさ。 こんなバカみたいな悪夢なんてすぐに忘れるほどに遊べばいい。不思議探索ツアーでも何でもしよう。 俺はまだまだSOS団の一員でいたいんだ」 すっと俺とハルヒの身体が発光し始めた。そうだハルヒ、それでいい。帰ろう。またあの部室に。 「また……また、一緒に……」 「わかっている。もう何も言うな……」 意識が暗転し始める。ようやく終わってくれる。この地獄の3日間が―― ◇◇◇◇ これを仕組んだ者の目的。それは涼宮ハルヒという人間を精神的に追いつめ、この世界に閉じこめること。 それもハルヒ自らがそう望むようにし向けることだったんだ。今まで閉鎖空間を作り出し、 その中であの化け物を暴れさせていた時は、ストレスを外側に向けていた。だから、何かを破壊するという行動になっていた。 だが、今回はじりじりとハルヒは追いつめられていった。世界や他人に絶望する前に、まず自分に絶望するようになった。 最後にハルヒがたどり着いた先は元の世界への帰還拒否。こんなダメで無能な自分のせいでたくさんの人が傷ついたのに、 どうして無傷な自分が帰れるのか。一体どんな顔をして仲間たちに顔を合わせればいいのか。 そんな考えに陥れば、誰だって帰りたくなくなるさ。 その後に奴らが何を考えていたのか知りたくもないし、どっちみちもうわからないだろう。 ………… でもな、甘いんだよ。ハルヒが帰ってこないと困る人間だっているんだ。俺はまだハルヒと一緒にいたい。 あのときに味わったような喪失感は二度とご免だ。どんな手段を持ってもハルヒを連れて帰る。 ――それが俺の意志だ。 ~~エピローグへ~~
https://w.atwiki.jp/kyokotan/pages/14.html
トップページ > 過去ログ 現行スレッド 【涼宮ハルヒ】橘京子の「んんっ、もうっ!」8回目 過去スレッド 【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子たんを慰めるスレ / zip 【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子2【んん…!もうっ!】 / zip 【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子3【目を閉じて】 【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子4【⌒('A`)⌒】 【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子5【すぐに済みます】 【涼宮ハルヒの憂鬱⌒('A`】⌒橘京子【超能6者】 【涼宮ハルヒの憂鬱】橘京子7度目の正直⌒【'A`】⌒
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5842.html
2人の絶叫だけが長門の部屋に残り、俺たちは奈落の底に落ちていった 永遠とも思える落下の後、ドスンと落ちた俺は腰を打ちつけていた しかし思ったほど衝撃は少ない やれやれと思って立ち上がろうとしたら、上からハルヒが落ちてきた ぐえっ 「アイタタタ・・・・・・」 おいハルヒ、早く下りてくれ。かなり重いぞお前 「ハァ?女子に向かって重いだって? あんた、全地球人類を敵に回すつもり? それとも何よ、あたしが重いって言うの? 重い女は嫌いって事?」 いやハルヒさん それとこれとは別でしょう ただ上から落ちてきただけですから 「やっぱちょっとダイエットすべきかなー。あたしさー、最近もしかしたらみくるちゃんより重いかも知れないのよね ねえキョン、どう思う? あたしもうちょっと痩せた方がいいの?まあ・・・あんたがそう言うんなら、頑張ってみないこともないけどさ」 ハルヒ頼む 悩み事はとりあえず俺の上から下りてからにしてくれ。じゃないとお前のいい匂いで卒倒しそうだ 「ふふーん、キョン あんたもだいぶ正直に物が言えるようになってきたわね 団長として嬉しいわよ。やっとあんたが真人間になりつつあると思うとね」 ああ もう好きに言ってくれ。こうやってるのも悪くない気分だけど今はそんな場合じゃないだろ 「分かってるわよもう」 ハルヒは俺の上から飛び降りて制服のスカートを直した 「ねえ。見てキョン!あれ!」 ハルヒが指さす方向には何人かの男女が見えた もちろんすぐに正体は分かる。SOS団と佐々木の1派が争っているのだ 「行くわよキョン!急いで!」 ハルヒは猛ダッシュで駆け出し、俺は慌てて後を追いかけた。30秒ほど走ってかなり近づいた 「有希!今助けるからね!」 そう叫んで走り寄ったハルヒの体は、ゴーンという音を立ててまたもや跳ね返された ハルヒ大丈夫か?吹っ飛んできたハルヒを危うく受け止め、そっと横たえた 「いったぁーっ・・・」 鼻を押さえてうずくまるハルヒを抱きかかえながら俺はあらためて、自分が来た世界を眺めた 空にはまばゆいばかりの星空がきらめき、地面は真っ黒で何も起伏がない 明らかに地球人の常識からはかけ離れた場所だ ここから15メートルほど離れた場所で戦う者たちの姿が見えた 激しく動き回っている赤い光はあれは古泉か。この世界じゃあいつの能力も使えるらしいな 少し離れた場所で右往左往している朝比奈さんは、なぜか時々点滅していた 数秒間消えたかと思うとまた現れる そして横たわっているのは長門だ。まだ意識が戻ってないのか ピクリとも動かないその長門の足元に立ちはだかり、周防九曜と思われる長い黒髪の女子と激しい攻防を繰り返しているのは・・・ 俺の背中にまた鳥肌が立った 振り下ろされるナイフの鈍い光沢、そして脇腹に突き刺さった冷たい金属の感触が、俺の全身から冷や汗を絞り出させた あ、あ、朝倉涼子がどうしてここにいる?しかも長門を守るようにして そうか、あいつは長門のバックアップだったっけ 長門がピンチなのを見て駆けつけたのか? 周防九曜は両手の指先から次々と光線のようなものを出し、朝倉を貫こうとする 朝倉涼子はまるでそれを割り箸でも掴んでるかのように手づかみにして、さらにはボキッと折っていた 両者の攻防は互角に見えたが、なかなか朝倉は攻勢に転じられないようだった 朝比奈さんから少し離れた所には、いた!あいつがいる 顔を見ただけで殴りつけてやりたいぐらいにムカつく野郎が あの藤原が朝比奈さんに手のひらを向け、朝比奈さんの動きに合わせて小さく振っている そのたびに朝比奈さんはあちこちに逃げ回り、時折りピカッと光って姿を消す 未来人同士の戦争がどんなものなのか、もちろん俺に知る由はないが、おそらくおれはあれでものすごい戦闘を繰り広げているのだろう 赤い光と化した古泉の周囲には分散した青い光が取り囲んでいる あれは橘京子のものなのだろうか、その1つが時々古泉に向かって突進し、古泉は全身でそれを跳ね返す 青い光は力を失って地面に落下するが、古泉からも光の破片がキラキラとこぼれ落ちており、多少はダメージを負っているのが分かった 予想していた通り、激しい戦闘の真っ最中だったが、俺にとっての気がかりはいまだに目を覚まさない長門と、そして彼らから少し離れた所にいる1人の少女だった ハルヒの言った通り、やはりあの新入生だった クルッと巻き毛の天然パーマなのか、繰り広げられる戦闘に目を輝かせながら手に持っているオーパーツを軽く左右に振り回している 俺はハルヒを地面に横たえて、ぶち当たったバリヤーを調べてみた 長門のマンションを覆っていた柔らかいものとは違って、ガラスのように固い物体だった 手で叩いてみてもガンガンと響くだけで向こう側には届かない どうやらあっち側からはこちらは見えないようだ 大声で古泉の名を呼んでみても何の反応もない 俺は再びハルヒを抱え起こし、揺さぶってみた。おいハルヒしっかりしろ、大丈夫か? 鼻を真っ赤に腫れ上がらせたハルヒがウーンとうなる 「いったぁー、何よ今度はいったい」 またバリヤーみたいだな。しかも今度はえらく固いぞ 「またこじ開けて入ればいいじゃないの」 ハルヒは鼻に手を当てながら立ち上がり、俺がやったようにドンドンとそれを叩いてみた 横たわったままの長門に懸命に声をかけるが当然反応がない 「うーん、ダメねえこれじゃ」 ハルヒは何事かをわめきながらひたすらバリヤーを殴りつけ、地面との隙間に指を突っ込んでこじ開けようとしている 何とかならないかハルヒ?このバリヤーをぶち破る方法は 「それは無理だよキョン」 また後ろから佐々木の声がした。こいつもついてきやがったのか 「どうやらあっちで起こってる事はこっちからはどうしようもないみたいだね」 おい佐々木、もういい加減にしろよ こんな無駄な争いをして何になるんだよ お前はこれで満足なのか? あいつらに戦わせてお前はここで高見の見物かよ 「だってそうしろって言われたんだからしょうがないじゃないか 大将はのこのこ敵前に出ていくことはないって それが仲間の意見ならば、僕は喜んで従うね」 仲間だと?何なんだよその仲間ってのは こんな変な世界で、ハンディがある相手を叩きのめすのがお前らの戦いなのか? それがお前らの仲間なのか? 「ふふっ。キョン 僕にとっては彼女たちはまだあまりよく知らない存在だ 突然目の前に現れて神様になって下さいとか言われていくら僕でもそんな事を真に受けたりはしないさ だけどねキョン、そんな事を言っている連中でも僕を慕ってくれてるんだ それを仲間と呼んでどこがいけないのかい?」 だったらお前も中に入って堂々と戦えよ 俺もハルヒもこの中に入れろ それから長門を目覚めさせてやれ お前らの下らん神様理論なんかはどうでもいい 条件を対等にしろ 何だかんだ言いながら結局お前らのやってることは卑怯以外の何物でもないじゃないか 長門の能力が怖いから眠らせて、ブチ切れたハルヒを恐れて中に入れようともしない それがお前の仲間とやらのしてる事じゃねーか 何が仲間だよアホらしい 俺たちの団長を見てみろよ アホで向こうみずで後先を考えない事ばっかりしてるけど、あいつの仲間を思う気持ちはお前なんかには負けはしない 何が大将は奥でじっとしてろだよ うちのハルヒを見てみろ あいつなら、団員を助けるために核融合炉にでも飛び込む覚悟はあるぞ それが俺たちの団長だよ。SOS団の自慢の団長だよ 「そしてキョンの大好きな彼女だってのか?」 そうだよ 俺はハルヒが大好きだ あんなバカな女だけど、俺たちを思ってくれる気持はこの銀河系の誰にも負けはしない あれが俺の大好きな女だ 俺は1人では何もできないけどな、ハルヒと一緒ならどこにだって行けるぞ 佐々木はちょっと遠い目になった 「変わったな・・・キョン」 当たり前だろ もうお前を自転車に乗せて塾に通ってた頃の俺とは全然違うんだよ 見つけたからな。一生かけて守ってやりたいと思う相手を 「うらやましいよ、キョンが そんな風に自分を変えられた君が」 お前は自分を変えようとは思わなかったのか? 「思わなかったよ だって変える必要がなかったからね このみんなに会えるまではね。チームSOSの仲間に出会うまでは」 チームSOS?何だそれは? 「ははは 君にはまだ言ってなかったかな?恥ずかしいんだけどちょっとインスパイアさせてもらったよ。僕たちのチームだ 『静けさを大いに楽しむための佐々木のチーム』だ」 それならSOSチームなんじゃないのか?順序が逆だぞ 「細かい事はいいんだよ別に 何となく語呂がよかったからさ」 SOSの名を聞きつけたハルヒが佐々木を見つけ、両腕をブンブン振り回しながらやってきた 「ちょっとあんた、いつまでこんな卑怯な事やってんのよ。あたしを中に入れなさい。もちろんキョンもね」 「それはできないわ涼宮さん。 みんなにきつく言われてるから。あなたが入れるのは最後の仕上げだけ」 「いいから早く入れなさい!今すぐに!」 「ご自分でお入りになったら?」 「ええそのつもりよ。キョン!もうそんな女は放っといていいから。体当たりしてでも突入するわよ」 はいはい団長さま 「キョン!本気でそんな事するつもりか?」 当たり前だろ。俺は団長のボディガードだ 団長の行く所ならたとえ地獄にでもお供するぜ ましてや仲間を助けるためなんだ。SOS団に不可能はないんだよ 「キョン!そんな優等生の分からずやに何言っても無駄よ。まあ同級生のよしみもあるんでしょうけどね」 「待って!それはさせられない」 佐々木の体が大きく震え、クリーム色をしたモヤモヤした物体がハルヒの体を包み込んだ 「ちょっと!何よこれ!動けないじゃないの!キョン!助けて!」 俺は急いでハルヒを包んでいる靄の中に飛び込んだ と思ったらハルヒの体を通り抜け、反対側に出ていた もう一度やっても同じだった 俺の指先はハルヒに触れる事もなく、そのまま通過して飛び出してしまう 何だこりゃ?ハルヒ? 「キョン・・・・・・」 待ってろハルヒ、すぐに助け出してやる おい佐々木、もうやめろ。ハルヒに手を出すんじゃねえ 他のヤツラならともかく、お前にこんな事をさせたくない だからハルヒに手を出す事だけはやめてくれ 「じゃあ君が身代わりになるかい?」 ああ それでいいのなら俺は構わない 「キョン!あんたいったい何言ってんのよっ!」 ハルヒ みんなを助けてくれ 長門を助けろ、お前ならできる 長門さえ起こしてしまえばこっちのもんだ 「ちょっとキョン!」 さあ佐々木、さっさとやれ。俺を好きにしていいからハルヒを助けろ 「ふっ 君が代わってくれても意味はないんだよ あくまで団長は涼宮さんだからね」 いいから変われ 俺とハルヒを入れ替えろ 「それはできない。今の時点での危険因子は涼宮さんだからね」 くっそう 引っかからないかさすがに 俺の背後にはクリーム色の靄にからめられたハルヒがもがいている 「キョン!キョン!」 俺は佐々木を睨みつけたままで 何か策はないかと思い巡らしていた バリヤーの向こうでの戦いはいったいどれぐらいの時間に及んでいるのか 古泉も朝比奈さんも、もちろん朝倉涼子も、もうかなりのダメージを受けているはず ほとんど防戦一方の戦いにはたして勝ち目はあるのか 仮に長門が目を覚ましたとしてあの調子で戦いに参加する事はできるのか? 幾つもの疑問が頭を駆け巡る 俺とハルヒはこのまま 仲間が必死で戦ってるのを見殺しにしてしまうのか・・・ 「キョン、キョン」 ハルヒの声も苦しそうだ。俺は佐々木に背中を向け、ハルヒの方に向かった ハルヒどうした?苦しいのか? 「大丈夫よ、動けないだけ だけどキョン、こんな悔しい想いは初めてよ。何もできないで負けちゃうなんて・・・ 有希・・・ごめんね・・・一番つらい時に一緒にいられなくて みくるちゃん・・・あんなに頼りなかったのに、必死で戦ってるのに何もしてあげられなくて 古泉くんも・・・いつもわがまま聞いてくれたのに、最後はこんな形になるなんて ごめんね・・・これじゃ団長失格だよね。偉そうな事ばっかり言ってたのに 結局何もできないだけだなんて」 俺の目の奥で何かがはじけた 何か真っ赤なものがパーンとはじけた 俺はゆっくり向き直り、佐々木に静かに告げた 佐々木・・・ハルヒを出してくれ、今すぐに 「それはできないと言っただろ 君に代わっても何の意味もない事ぐらい分かっているはず」 そうか・・・ 俺は肩を落とし、力なくうなだれた そして次の瞬間、全速力で佐々木に向かって走っていた もう何も考えられない ただ無性に腹が立っていた どうせ何もできないのなら、せめてこいつだけにはひと泡吹かせてやりたい 俺をバカにしたいのならいくらでもすればいい だけどこれだけは絶対に許さん ハルヒをバカにする事だけは許さない 俺たちの団長を、俺の大好きなハルヒをバカにする事だけは許せなかった 「ちょ・・・キョン?」 俺は上体を丸めて佐々木に襲いかかった 何かを叫んでいたような気がするが覚えていない ショルダータックルをぶちかますつもりだったのだが、予定した場所に佐々木はいなかった 空気が漏れるようなシュッという小さな音が聞こえたような気がする 俺は勢い余ってそのまま突進し、バリンという音とともにもんどりうって倒れ込んだ 「キョン!」 気がつくと空気の匂いが違っていた。血なまぐさい臭いが鼻をついた 誰の血の臭いなのかと頭を上げると、目の前には小さな女の子が倒れていた これは?どんなカラクリなのか、俺はバリアーを抜けたようだった そして俺が体当たりしたのはこの子なのか 俺の横に転がっている新入生の手に握られたオーパーツを見て、俺は本能に任せて行動した 素早くその手からオーパーツを奪い取り、バリヤーの外にいるハルヒに向かって走り出した いったい今日はどれぐらい走ってるだろうか。少しは運動能力の向上に役立つだろうか そんな事を考えていると耳元に誰かの声が聞こえた 「・・・・・・とうとう来た・・・私のきれいな・・・その瞳・・・・・・」 横目でちらりと見ると周防九曜が俺の動きを追っていた 長い黒髪がブラリと横に拡がり、次の瞬間、それが一斉に俺を目がけて飛んできた 追いつかれる前にバリヤーの外にたどり着こうと必死で走ったが、恐ろしいスピードで追いかける槍のような黒髪の方がはるかに早かった 「キョン!」 「キョンくん!」 誰かの悲鳴が聞こえたような気がした 俺の耳元にシュルルルといううなりが聞こえ、今にも無数の槍に貫かれるかと覚悟した瞬間、ブシュブシュブシュと何かが突き刺さる音が聞こえた ハルヒ・・・ ハルヒ・・・ 俺は・・・もう・・・・・・ あれ?痛みがない 呆然とする俺に何か柔らかいものが覆いかぶさった 「早く渡して!」 誰かにそう言われてハッと気がついた 聞き覚えのあるこの声は、朝倉涼子! 「あなたならあのバリヤーを貫通できるはず!走って!」 俺は異を唱える事もせず、ハルヒに向かって走った 再びシュルシュルといううなりが後ろから聞こえ、俺は首をすくめた ブシュブシュブシュ 「キョンくん・・・」 朝倉・・・ 俺の体にかぶさるようにして朝倉涼子が倒れ込んできた 暖かい液体が俺のシャツを濡らす。これは・・・血? 「キョンくん・・・あの時は本当にごめんね。 自分が間違っていたことがやっと分かった 長門さんの気持ちもね」 朝倉! 「せっかく戻って来られて、キョンくんにちゃんと謝ろうって思ってたのに。またこうなっちゃった しょせん私はやっぱり、ただのバックアップにすぎないって事かしら? さようなら、キョンくん。できたら私の事は、あまり悪い思い出にしないでほしいな」 朝倉! 体中を周防九曜の長い槍で貫かれた朝倉涼子は やがていつかのようにサラサラと砂になって崩れ落ちていった 俺はオーパーツをまだ持っている事を確かめた バリヤーの側にいるハルヒからはあと少しの距離だ 俺は残りの距離を猛ダッシュに賭けた。バリヤーの向こうにいるハルヒに手渡す これが突き破れなかったら、その時は俺も終わりだ 周防九曜の槍に貫かれて、朝倉のようにサラサラと消滅する事もできず、血にまみれた無残な死体を晒すのか オーパーツを持った右手をバリヤーの向こうにいるハルヒに必死で突きつけた ハルヒ、これを持ってこっちに入って来い! 不思議な事に、オーパーツは苦もなくバリヤーを突き抜けた 佐々木が作ったクリーム色の靄すらも通り抜けて、ハルヒはしっかりとそれを握りしめた また背後からシュルシュルと唸りが聞こえてきた。身を隠せるものは何もない。助けてくれる朝倉ももういない 俺は目を閉じた そして・・・・・・ 何も起こらなかった 体中を串刺しにされる感覚も、焼けるような激痛もなかった そして俺の後ろに誰かが立っている感覚を感じた こわごわ目を上げてみると、そこには見慣れた制服姿の小柄な女子が立っていた 周防九曜が放った長い黒髪の槍を片手で鷲づかみにしていた 「ああ・・・・・・あなたは・・・ここにいてはいけない存在・・・・・・不快な・・・とても不愉快なもの・・・・・・」 周防九曜は次々と槍を繰り出し、その女子はそれを片手で受け止め続けた 見上げる俺の全身に安堵感が広がる あまりの安堵に体中がガタガタと震え出すほどだった 長門・・・・・・ ついに復活したのか長門・・・ 長門は氷のような無表情を崩さないまま あの懐かしい淡々とした口調で 「・・・・・・お待たせ」 そうつぶやいて、九曜の攻撃を跳ね返し続けていた 「・・・・・・離れないで」 長門は右手で攻撃を受けとめながら左手をバリヤーの外に伸ばした 長門の左腕が5メートルぐらいに伸び、ハルヒの腕を掴んだ バリバリバリと激しい音を立てながら、バリヤーごとハルヒを中に引きずり込んだ 俺は転がり込んでくるハルヒをしっかり受け止めた これでついに役者が全員揃った。SOS団の勢ぞろいだ どんな仕組みになってるのかなんて俺には分からない だけど今、団長以下5人のSOS団メンバーがついに終結したのだ 形勢が一気に逆転した 長門はめまぐるしい動きで周防九曜の攻撃を防ぎながら詠唱し、古泉に群がっていた赤い光を叩き落とす さらには朝比奈さんと藤原との間に白い光の壁を作った 古泉は力を回復して再び橘京子に襲いかかり、朝比奈さんは変な悲鳴を上げながら 「わ、わた、わたたたたたーっ!」 と叫んで藤原と一緒に姿を消した ハルヒがバリヤーの中に入ったのを見た佐々木も中に入ってきて、クリーム色の靄を俺たちに向かって放ってきたが、オーパーツを握りしめたハルヒが無造作にそれを踏みつぶした 俺はしっかりとハルヒの手を握りしめていたが、ハルヒはその手をそっと放した 俺たちの前でガードしていた長門の前に出た すかさず周防九曜が槍を放つが、それらは全てハルヒの手前で力なく失速して落ちた ハルヒの全身から不思議な光が発光している 古泉が最も恐れていた事態がついに訪れたのか 自分の力を自覚したハルヒが、怒りのあまりにとんでもない大暴走を引き起こそうとしているのか? おいハルヒ 危険だぞ長門の後ろに戻れ 「・・・・・・やめなさい」 ん?ハルヒ? 「もうやめなさいって言ってるのよ」 初めて聞くハルヒの低い声だ 腹の底から響くようなハルヒの重低音だった 俺はこの時初めて気がついた 本気で怒った時のハルヒは口数が少なくなるのだと 「有希、もういいわ。無事で何より」 長門も攻撃を収めた 「古泉くん、元の姿に戻りなさい。みくるちゃんも、もう帰ってきなさい」 古泉は赤い光球から人間の姿に戻り 「ふぇぇぇぇぇーっ。 7億年前まで遡っちゃいましたぁ」 と言う朝比奈さんは気絶した藤原の手を掴んで戻ってきた 佐々木率いるチームSOS(この名前は使いたくないな)も攻撃の手を休め じっとハルヒを見つめている オーパーツを奪われた新入生はキョトンとしていたが ニッコリ笑って立ち上がった ハルヒはゆっくり歩いて古泉の前に立った さすがの古泉も疲れた表情で肩で息をしていたが、近づいてきたハルヒを見てわずかに頬を緩めた しかし次の瞬間、俺の心臓も凍りついた パンと乾いた音がして、ハルヒが古泉の頬を叩いていた 「副団長がこんなつまらない争いごとに巻き込まれてどうするのよ! 私の指図もなしに独断専行は許さないわよ!」 古泉は呆然としていたが、ハルヒの目に浮かんでいた大粒の涙を見て顔をこわばらせた 「申し訳ありません、団長」 ハルヒはそのまま朝比奈さんの元に向かい、やはり頬を叩いた 「みくるちゃんはあたしのかわいいマスコットなんだから、こんな危険なことしちゃダメじゃないの!」 朝比奈さんは目をくるくるさせていたが、ハルヒに抱きしめられて大声で泣き出した 「みくるちゃん、ごめんね、無理させて。あたしが早く来れなかったばっかりにこんなひどい目にあわせちゃって」 「すっすっすっ涼宮さーん」 しばらく抱き合っていた2人だったが、やがてハルヒが体を離した 再び俺と長門の前に戻ってきて、やはり長門の頬もパンと叩いた 長門なら軽く避ける事もできたのだろうが、黙ってハルヒの平手打ちを受けた 「有希、有希、あんたはね、何でも1人で抱え込んでるんじゃないの つらかったら、1人でいるのがつらい時は電話しなさいっていつも言ってたでしょ? あたしたち仲間なんだから、どうして今まで何の相談もしてくれなかったのよ!」 抱きしめられてもまだ無表情の長門だったが、大きく見開かれたその両目から、大粒の涙がぽろりとこぼれた 「・・・・・・申し訳ない」 そしてハルヒは俺の前に戻り、俺をグーで殴りつけた おいハルヒ、何で俺だけグーパンチなんだよ 「うるさいバカキョン!あんたは全部知ってたんでしょっ! 知ってるくせに何で私に何も言わなかったのよ! あんたの責任が一番重いんだからね! 一番下っ端のくせに!一番あたしと一緒にいたくせに! あんたがもっと早く話してくれたらこんな事にはならなかったのに! 有希も古泉くんもみくるちゃんも、こんな目に会わずに済んだかもしれないのに!」 いやハルヒ これにはいろいろと事情があってだな 「黙りなさいっ!!!」 ハルヒは再び俺をグーで殴った そしてハルヒはくるっと体を反転させて佐々木に指を突きつけた 「神さまになりたいのなら好きにすればいいわ 世界を作り変えたいのならいつでもどうぞ ただし、1つだけ言っておくわ あたしの大事なSOS団員に指一本でも触れたら、今度はただじゃおかないからね! あんたがどこの世界のどんな神さまだろうと、あたしが必ず探し出してこの世から消し去ってやる!」 佐々木はしばらく呆然とハルヒを見ていたが やがてクスクス笑いだした 「さすがは涼宮さんね やっぱり私はかなわないわ ちょっとだけだけど神さまなんて言われていい気になってたのかもしれないわね ごめんね涼宮さん あなたの大事な仲間をこんな所にまで連れて来てしまってごめんなさい でも1つだけ分かってほしいの あの子は全然悪くないから あの子のために、この世界を作り直すエネルギーを分けてほしいって頼まれて それで周防さんにも協力してもらって今回の作戦になったの 責任は全て私にあります。憎むなら私を憎んで下さい だけどこの子は別だから。一人ぼっちでここで生きていくのがかわいそうだと思ったから だからこの子だけは許してあげて」 ハルヒは無邪気に笑う新入生をじっと見た 「あなた、名前は?」 「名前はまだありません」 「もう北高はやめちゃうの?」 「えっと、まだ決めてません」 「そう、じゃあいいわ。でもこれはもうしばらく預かっとくから、後で学校に取りに来なさい」 「はい!」 ハルヒはそれ以上何も言わずに戻ってきた 呆然とする古泉と、泣きじゃくる朝比奈さん、そして無表情のままで涙をこぼす長門を俺の前まで引っ張ってきた 「さあキョン、帰るわよ」 ああ これだけ暴れりゃ充分だろ 暴れ足りないのはハルヒだけじゃないのか? 「・・・キョン」 え? 「マジで殺されたいの?」 ・・・・・・ 「帰るわよ」 俺たちは輪になって手をつないだ 「みんな、目を閉じて元の世界を念じるのよ 有希のマンションのあの部屋をね」 「・・・・・・それでは不足・・・・・・終わらせない・・・・・・」 後ろから小さな声が響き、長い髪の毛を狼のように空気で膨らませた周防九曜が襲いかかってきた ハルヒの持っているオーパーツを目がけてギラギラした光の束が襲いかかる すぐに反応したのは長門だった 高速呪文を唱える余裕はなく、長門は瞬間移動でハルヒの前に立った 「有希!」 長門は小さな体を太い光に貫かれ、その目を大きく見開いている 「有希!」 「長門さん!」 長門! 「・・・・・・いい・・・・・・肉体の損傷は無視できるレベル」 周防九曜はその長い髪が大きく膨れ上がり 小柄な体を5倍ほどの大きさに見せていた 「・・・・・・ここで終わる事はできない・・・・・・あなたは美しくない・・・・・・」 長門が素早く詠唱し、俺たちを包むように、白い光の壁が発生した 「早く戻った方がいい」 「・・・・・・あなたは美しくない・・・・・・この場所にはふさわしくない」 周防九曜の体もオレンジ色の光に包まれ、ゆっくりと空中に浮かびあがった すかさず長門が追従し、同じように空中に浮かんだ 「有希!もうやめなさい!もういいのよ!」 「このインターフェイスを残しておくのは危険。私が始末する」 おい長門、もうやめよう。こんなの放っといてみんなで帰ろうぜ 「それはできない。このインターフェイスは暴走を始めている」 暴走? 「そう」 「・・・・・・私は今日、習いました。言葉の意味を・・・・・・これはお花です。とても美しい・・・・・・あなたが好きです・・・・・・お前は死ね」 長門、こんなの相手にして大丈夫なのか? 「勝算はある。早く退避を」 おい佐々木、ここは危険だ。お前も全員連れて帰れ ハルヒ、俺たちも帰ろう 「でも有希が・・・」 長門が勝算があるって言うんだから信じようぜ 「有希・・・」 「・・・・・・私は、歩きます。遠くのお空に。明日は、お肉を、食べました」 見守っているうちに周防九曜の様子が明らかにおかしくなっていた 第1形態が指からの光線の矢、第2形態は髪の毛の槍 とするとこれが第3形態なのか、オレンジ色の球体に包まれたその体から次々と光の束が長門に向かってほとばしった 長門は素早く詠唱しながらその光を直前で跳ね返し、返す刀でオレンジ色の光に切り込んでいった 「キョン、私たちはこれで戻る事にするよ」 ああ佐々木、ここは危険だ 「君たちも無事帰ってきてくれよ」 もちろんだとも。気をつけてな 佐々木と橘京子、そして藤原の姿が消えた おいハルヒ、俺たちも帰ろう 「でも・・・有希が・・・」 帰ろうとしないハルヒの気持ちは俺にもよく分かる ようやくハルヒにも今までの俺たちの行動が読めてきたのだろう 自分の知らない場所で行われてきた壮絶な出来事に目を丸くし、また長門を1人残しておけないという気持ちは俺たちももちろん一緒だ 上空で繰り広げられるすさまじい戦闘に、俺たちは目を奪われていた 周防九曜は次々と攻撃を繰り出し、長門はそれを防ぎながら何やら光を出して攻撃もしていた 下から見ている俺たちには戦況はさっぱり理解できない やがて飛び道具では埒が明かないと見たのか周防九曜は距離を詰め、再び黒髪の長い槍を四方八方から突き立ててきた 何本かずつまとめて払い落していた長門だったが、そのうち数本が無残に体を貫いた 「有希!」 「私は大丈夫。それより早く帰還すべき」 「あんたを置いて帰れるわけないでしょう!」 「置いて行っていい。必ず戻る」 「本当?」 「本当」 「絶対に帰って来なさいよ!有希!」 「約束する」 まだ名残惜しそうなハルヒをせきたて、俺たちは再び手をつないだ するとまだあの新入生が残っているのに気がついた。おい、お前はこっちに来なくていいのか? 「ここが私の世界ですから」 こっちは今から危険な状態になるかもしれないんだぞ 「構いません。その時はそちらの世界に行きます」 絶対生きろよ、こっちでもあっちでもいいから 「はい!ありがとうございます先輩」 「さあみんな祈って!向こうに帰れますように。・・・・・・有希が無事に帰って来れますように」 足元が激しく揺れ、時間移動とも次元震ともまた違う感覚の後で、俺たちは再び固い地面に立った 「ほわーっ」 朝比奈さんの溜息とともに、ようやく地球に帰ってきた事を実感した 出発点と同じ、長門のマンションだった。そこにはまだ佐々木たちがいた 「無事帰ってきたね」 ああ 「どんな様子だったの?」 まだ長門と周防が戦ってるよ どうやら異常動作を起こしたらしい 「本当に申し訳ない。我々の仲間なのに何もできなくて」 まあしょうがないだろ。何しろまともに会話もできないヤツだったからな 「古泉くん」 「はい?」 「みんなを連れて帰って」 「えっ?」 「みんなを家まで送ってあげて」 「しかし長門さんがまだ・・・」 「いいから!」 「はい、では後はよろしくお願いします」 古泉はまだ泣きじゃくっている朝比奈さんを抱き起こし、佐々木たちも連れてマンションを出ようとした 「ふん、結局規定事項の確認のみか、骨折り損とはまさにこの事だな」 藤原がつぶやいて立ち上がった 「俺はここで失礼するぜ。どうやらこれ以上の展開はなさそうだしな。ところであんた」 こいつは俺の朝比奈さんをあんた扱いするのか?許さん 朝比奈さんがビクッと体を震わせた 「は、はいっ?」 「つまらない任務だったけど、あんたと戦えてよかったよ」 「ふぇっ?」 「まさか7億年前に連れていかれるとは思わなかった」 「あっ、あっ、あれはその涼宮さんの・・・」 「途中で時間の流れについていけなくなった。気絶するとは時間移動員失格だな おかげさまですごいものを見せてもらった。さすがは歴史にその名を残している人物だけの事はある これは禁則だけどな」 「えっ?えっ?」 「あんたに出会えてよかったよ、朝比奈みくるさん。今度会う時は・・・その・・・禁則だ」 「へ?」 「ありがとう、大先輩」 藤原は意味不明な禁則事項を連発しながら朝比奈さんと握手を交わし、佐々木に軽く頭を下げ、俺たちを一瞥してその場から消えた 「何なのよあいつはいったい」 「わわわわたし・・・・・・」 どうやら藤原ってのは朝比奈さんよりもまだ未来の人間なのか しかしちょっと聞こえたけど、朝比奈さんが歴史に名前を残すとか 「じゃあ、あとで必ず連絡を下さい。何時になっても待ってますから」 古泉はそう言って残りの全員をまとめ、マンションを出ていった 俺は別に帰れとも言われなかったのでそのまま残っていたが、誰もいなくなるとハルヒが口を開いた 「さあキョン、もう一度行くわよ!有希を助けに」 へっ そう言うと思ってたよ団長さま どこまででもついていってやるぜハルヒ 地獄の底まででもな 俺とハルヒは手をつないで、再び長門の部屋の額の前に立った 「行くわよキョン」 ああもちろんだとも 呼吸を合わせ、まさに飛び込もうとする寸前に 「・・・・・・行かなくていい」 背後から小さな声がかかった 「有希!」 長門!帰って来れたのか? 「帰ってきた」 長門は布団をすっぽり首までかぶっていた 黒い瞳は大きく見開かれたままだ 「有希!よかった!帰ってきてくれて」 「帰って来ると約束した」 長門・・・ 無事だったか 周防はどうなったんだ? 「・・・・・・周防九曜は消滅した。暴走を止めることはできなかった」 あの新入生は? 「まだあそこにいる。でもまたこの世界に来たいと言っていた」 「本当に?有希?」 「そう。そのオーパーツを取り戻しに来る」 「これ?」 「そう。それは彼女にとってとても大事なもの」 「ふうん・・・・・・」 なあ長門 「何?」 ちょっと布団めくってもいいか? 「ちょっとキョン!こんな時に何エロ目線になってんのよっ!」 違うぞハルヒ ちょっと心配だったから 長門が傷ついてるんじゃないかと思ってな 「・・・・・・見ない方がいい」 ん? どうしてだ長門? 「通常の神経構造を持っている人間にはこの状態はかなりショックを受けるはず。だから見ない方がいい」 「有希!あなた怪我したの?どうなの?」 「肉体の損傷はすぐに再生できる。でも少し時間がかかる」 「有希・・・・・・」 ハルヒは構わずに布団をめくり上げようとする 俺は・・・すまん長門・・・ ちょっと耐えられそうになくて、思わず目を背けてしまう 「万が一にもこれを映像化しようなどという野望があるならここは自粛すべき」 長門は内側から布団を押さえ、ハルヒに抵抗していた 「医療技術者でもこの状態は正視に耐えないレベル・・・見ないで」 「有希、本当に大丈夫なの?」 「大丈夫」 おいハルヒ、長門が嫌がってるんだ、もうやめておけ 「分かったわよ・・・」 「頼みがある」 「何?有希」 「・・・・・・もう帰ってほしい」 「ん?」 「・・・・・・肉体の回復がうまく進行しない。エラーが発生している」 何か問題があるのか長門? 「情報処理にエラーが頻発している・・・・・・原因は・・・・・・禁則」 長門? それまでまっすぐ上を見つめたままの長門が首だけを横に曲げた その寸前に、大粒の涙が頬を流れ落ちるのが見えた 「・・・・・・お願い・・・・・・帰って・・・」 長門・・・・・・ ごめんな お前の気持ちに・・・・・・俺は応えてやれなかった それが・・・お前の禁則なのか? 俺の目の奥が、なぜかじんわりと熱くなってきた 長門の禁則の理由が何となく理解できる すまん長門 それでもまだ長門の布団を引っぺがそうとしているハルヒを引きずるようにして、俺は長門の寝室を出た 「有希!来週には絶対学校に来るのよ!」 「・・・・・・それは約束できる」 「じゃあね!絶対よ!」 長門 「・・・・・・・」 また部室でな 「・・・・・・・ありがとう」 俺とハルヒは長門の部屋を後にし、黙ったままでエレベーターに乗った マンションの玄関を出ると、そこには佐々木が待っていた 「ごめんなさいね涼宮さん。いろいろ迷惑かけて」 「もういいってば」 「長門さんは帰ってきたの?」 「今帰って来たわよ」 「周防さんは?」 「・・・・・・戻らなかった」 「ふうん、やっぱりか。結局私は仲間を守れなかった あなたはちゃんと全員を無事に連れて帰ってきたのにね。やっぱり私はリーダー失格か」 「そんな事ないわよ、どうしようもない事もあるし」 ああそうだよ佐々木。周防は暴走していた ああするしか方法はなかったみたいだからな あの長門がそう言ってたんだから 「だけどキョン、僕がもっとうまくやれば、その暴走を食い止められたかもしれない」 それは結果論だろ 周防は帰って来れなかったけど、後は全員無事だったんだから もうそれでいいんじゃないか? あの新入生もまた帰って来るよ。オーパーツを受け取るためにな 「そうか・・・・・・君がそう言ってくれるのなら・・・納得するよ。ねえ涼宮さん?」 「ん?」 「周防さんはいなくなっちゃったし、藤原さんは元の世界に戻った だけど私と橘さんはまだこの街にいるわ もしかしたら、また私たちが出会う事もあるかもしれないんだけど、その時は・・・・・・」 「その時は?」 「友達として会ってくれるかな?」 ハルヒはまだ怒りを含んだ目で佐々木を見ていたが、しばらくしてその目が柔らかく光った 「もっちろんよっ!一緒に冒険した仲間なんだから! これからもまた、不思議探しの旅に出るのよ!」 おいハルヒ これだけものすごい体験をしておいてまだ足りないのかよ それに北口周辺なんかに不思議が落ちてるはずないって これだけやってもまだ学習してくれないのかお前という女は 「当たり前じゃないのバカキョン これからは不思議を発見するだけじゃなくて作りだすのよ 誰かが言ってたでしょう! 『待ってるだけでは冒険は訪れてくれない』ってね!」 ほう その誰かってのはもしかしたら頭に黄色いリボン巻いて 仲間を危険にさらすのが得意な北高の女子の事じゃないでしょうね? 「それは今までの話よ!これからはね、あたしがあんたたちを守ってあげるんだから!」 やれやれ このバカの脳下垂体を解剖して、一度長門に学術調査でもしてもらいたいもんだ 「佐々木さん!あんたたちもこれからは準団員として認定してあげるから、たまには不思議探索に加わる許可を与えるわ」 「本当に?ありがとう」 「その時は新人として十分にこき使ってあげるから覚悟しときなさいねっ!」 「はい!団長!」 何だこの2人はいったい 完全に意気投合してるじゃないか 史上最悪の神様のツートップだ 1958年ワールドカップのブラジル代表チームでも勝ち目はないだろう ハルヒと佐々木はしばらく盛り上がっていたが 「じゃあ帰るね涼宮さん」 「うん、またね」 「じゃあねキョン、涼宮さんをお願い」 これ以上何をお願いするんだよお前は?もう勘弁してくれ マンションの前で佐々木と別れ、俺はハルヒと手をつないだ 7階の窓から誰かが見下ろしている気配も感じたのだが、残念ながら俺にはどうする事もできない 銀河系中の長門マニアに殺意を持たれてしまったのか それとも喜んでもらえたのか やれやれだよ全く リンク名 その4に続く